SURFACE再始動!初めて明かされる再始動の経緯、ライブへの思い、そして未来への展望について、二人が本音を余すところなく語ったインタビュー!

インタビュー | 2018.03.23 19:00

1月1日、突如飛び込んできた「SURFACE再始動!」のビッグニュース。2010年の解散から8年、椎名慶治はソロとJET SET BOYSで活躍を続け、永谷喬夫はプロデュースや楽曲提供にいそしみ、二つに分かれていた道が再び一つになる時が来た。再始動のファースト・アクションは、デビュー20周年の記念日にあたる5月27日の豊洲PIT。初めて明かされる再始動の経緯、ライブへの思い、そして未来への展望について、二人の本音を余すところなく語ってもらった。
──再始動の第一報は、椎名さんのカウントダウンライブで発表したんですよね。
椎名慶治そうです。カウントダウンして2018年になってから、アンコール前にスクリーンに“SURFACE再始動”の文字が出て、発表という形になりました。おかげさまで、泣いてる人がいたりとか、うれしくて笑顔の人がいたりとか、いろんな人がいましたね。永谷にはその時の映像を送って、「こんなふうにみんな盛り上がってたよ」ということを報告しました。
永谷喬夫ファンの方たちが歓声を上げてくれたのを聞くと、やっぱりうれしいですよね。8年あいたことになるので、長いようであっという間だったような気もしますし、椎名くんが表で続けてやってくれてたおかげだなということはそこでもすごく実感しました。僕は地底に潜っていたので。
──地底って(笑)。永谷さんはプロデュース、楽曲提供といった仕事をされていましたよね。ゲーム音楽とか。
椎名声優さんの歌とかも。逆にすごいなと思いましたよ。永谷の活動は、悪く言うと僕は知りたくなくて、でもファンが教えてくれたりするんですよ。そこでゲーム音楽や声優さんの曲を作っていると聞いて、あいつはどこからどうやってそのルートにたどり着いたんだろう?って。俺もそこに行きたいのに、ルートがないから。
──先を越された(笑)。
椎名素晴らしいなと思ったんですよ。こっそり楽曲も聴いたんですけど、やっぱり“らしさ”があって、頑張ってるんだなあという気持ちでこの8年はいましたけどね。
永谷それはね、営業ですよ。
椎名大事だよな、営業は(笑)。
永谷呼ばれて行ったライブで、「今度リリースがあるんですけど、まだ曲の詳細は決まってないです」とか、アーティストが言ったりすると、楽屋に行って「ぜひ書かせてください」とか、全然言っちゃいますよ。そうするとだいたい「あとで検討させていただきたい」って言われるんですけど。
椎名そりゃそうだよ(笑)。でもそうやって自分を売り込むわけだ。素晴らしいわ。
──もともとそういうタイプじゃなかった?
椎名絶対違います。まったく真逆ですよ。
永谷そういうことが、ずっとできなかったんですよ。でも、よくいるじゃないですか。ミュージシャンで、「俺が書いてやるよ」とか言って、断れなくなるぐらいの迫力の人が(笑)。あれもある意味営業だと思うんですよね。自分からずかずか行かないと仕事も取ってこれない時代だし、直接本人に言いに行くぐらいのことをやってましたね。
椎名それでちゃんと実を結んだところもあるからね。
永谷そう。ただSURFACEとなると、それとはまったく勝手が違うので。最近何回か取材をさせていただいてるんですけど、昔の感覚がなかなか戻らないというか、アーティストを待つという感じになっちゃうんですよ。
椎名さーせん(笑)。そんなつもりはなかったんだけど。(*椎名はこの日、永谷より10分遅れて到着)

中途半端な気持ちでやるのは、二人の看板に失礼だと思った(椎名)

──単刀直入に聞きますが。再始動っていつ決まったんですか。
椎名これがね、どこになるのかな…まず永谷から話をもらったんですよ。お酒が入った中での「やんない?」みたいな、それが2015年の9月か10月なんですよ。なんで時期まで覚えてるかというと、コロコロチキチキペッパーズが卓球ネタ(*SURFACE「さぁ」を使用)でブレイクする数週間前だったんですよ。永谷と友達と3人で飲んだ時に「椎名くん、もしよかったらやんない?」みたいにさらっと言われたんですよ。「今やったら楽しそうじゃない?」ぐらいの感じで、俺も全然断る気持ちはなくて、「楽しそうだね」という話をそこではしたんですけど、いざ自分のスケジュールを見た時に、2016年はJET SET BOYSが始まるし、永谷にはっきり「やろう!」と言えなかったんですよ。そしたら、鉄は熱いうちに打たなきゃダメだということで、永谷のモチベーションが下がっちゃった。申し訳ないなと思いつつ、JET SET BOYSを本気でやって、1年たってもう一回話をしたんですけど、今度はJET SET BOYSが2枚目を作ることになって、そこでもごめんなさいということになって。で、JET SET BOYSの2枚目を作り終わる、トラックダウンの時ですよ。ぶっちゃけた話、20周年の5月27日に豊洲PITを押さえているという話をマネージャーからもらったんですよ。僕らは全然動いてないけど、何があるかわからないから、ディスクガレージさんとマネージャーが仮押さえをしていると。それで永谷に電話して、そこであらためて再結成の話が出たということです。
──おおー。そういうことだったんですね。
椎名俺も区切りが一つついたし、やりたいし、やっと二人のバイオリズムが重なった。タイミングが合ったんですよ。申し訳ないけど、それを全部待たせたのは俺だったんです。
──それは誰のせいでもないと思いますけど。
永谷まあでも、最初の時は軽いノリでもあったので。自分たちだけではできないし、周りの環境も必要だし、そういう意味で一番良かったと思いますね。そういうところも、SURFACEは恵まれてるところがあると思います。
椎名そう思ってくれると助かります(笑)。
永谷一区切りついて良かったし、わだかまりが残ったままやっていたほうが、余計に…。
椎名JET SET BOYSをやりながらSURFACEをやっても、あんまりいい進み方はしなかった気がする。というか、SURFACEに失礼だと思った。永谷にというよりも、二人の看板に失礼だなと思っちゃったから、今はそれを大事にしたいし、逆に言うと、SURFACEという名前を大事にしたからこそ一回解散してるんで。2010年に、続けようと思えば続けられるけど、じゃあインディーズでSURFACEを続けるのか?とかいろんな話をして、SURAFACEを守るためにもそれぞれの道を行こうと言ったことが、俺の中にすごい残っていて。それもあったので、中途半端な気持ちでSURFACEをやりたくないと思っていた時に、いい意味で一区切りがついて、20周年になって、もう一回地に足をつけて再始動しようということです。
──なるほど。よくわかりました。
椎名でもね、再始動がどうのという話ではなく、ちょっとした節目で永谷とは会ってるんですよ。解散して2年後ぐらいにも一回飲みに行ってるし、そのあとも俺が母の日に、永谷のお母さんにカーネーションを持って行ったりとか。
永谷あはは。あったねー。
椎名永谷の実家が北千住で、たまたまその日友達のライブが北千住であって、それがちょうど母の日だったんですよ。これは絶対行かなきゃと思って、カーネーションを買ってお母さんに会いに行ったんですね。そしたら「今、喬夫いるわよ」って言われて、こっちは会うために行ったわけじゃないから、「あ、大丈夫です」っていうのと同じタイミングで「たかお~!」って呼んじゃったんですよ(笑)。そしたらビックリした顔して出てきて、「上がってきなよ」って、「今ちょっと作業しててさ」って、そこでも話してるんですよ。
──ほほー。そんなことが。
椎名そうやって、2年に1回ぐらいは会ってるんですよ。縁があったんだろうなと思うし、そういう点がどんどん結ばれて、線になったんでしょうね。だからまったくわだかまりのない、すごくすっきりした再始動だと思ってます。
永谷でも本当に、こうして華やかにライブができることが…豊洲PITという場所を知らなかったので、この間、椎名くんとスタッフさんと下見に行かせていただいたんですよ。
──あ、そうなんですね。
永谷そこで椎名くんが「余計に決意が固まらねー」って(笑)。僕もまさにその通りだなと思って、余計に怖くなっちゃった。
椎名でかいんですよ!3000キャパって、Zepp Tokyoと200しか変わらないのに、機材も何もないところにぽつんと二人で立ったら、めちゃくちゃステージがでかく見えて、変な緊張が生まれて、見なかったほうが良かったのかなと思ってます(笑)。わざわざ下見に行って緊張して帰ってくる、馬鹿な二人だなと思いながら。
永谷僕は完全に、いろんなことを取り戻していく作業に追われてる感じです。それぐらい、僕にとって8年のブランクは大きいので。
椎名そこの差は圧倒的にあると思う。永谷が8年間自宅やスタジオでの作業を繰り返していた中で、僕はずっと人前で歌う仕事を8年間していたので。人に対しての温度感はどうしても出ちゃうから、永谷がどこまで感覚を取り戻すかというところで、それって言葉で言ったところで無理じゃないですか。

公演情報

ディスクガレージ公演

SURFACE 20th Anniversary Live「Re:Attraction」

2018年5月27日(日) 豊洲PIT
チケット一般発売日:2018年3月25日(日)

  • ライター

    宮本英夫

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