声優、俳優、アーティスト、いばらき大使!安達勇人が目指すのは世代を超えて楽しめる、みんなが元気になれる場所!

インタビュー | 2020.10.30 18:00

ライブでは観客たちが、老若男女、おじいちゃんにおばあちゃんから子供までが隣にいる知らない人といつのまにか肩を組んで一つになり、終わったあとは知らないファミリー同士が仲良くなって交流を始める。なにもないところを耕し、そうした人と人との出会い、つながり、愛を大切に活動していったその先に、描いているのは茨城県最大の町おこしフェス。声優に俳優、アーティストであると同時に、現在は茨城県笠間特別観光大使に茨城新聞親善大使、いばらき大使として様々な活躍を行なっている“安達勇人”。彼はいったい何者なのか。12月16日に3rdアルバム『ONEWAY』をリリースし、それを提げて、この冬、LINE CUBE SHIBUYA、自身初となる東名阪Zeppツアーを有観客で開催し、これら全公演を完全無料生配信するという彼に話を聞いた。
──声優、俳優、アーティスト、いばらき大使と様々な肩書きをもつ安達さん。いったい何者なんでしょうか。

田舎者ですね。がははっ! 僕は18歳から東京に出てきまして。最初は雑誌モデルをやってたんですね。そこから俳優業、いまの2.5次元の舞台やアニメの声優。あとはダンス・ヴォーカルグループにも入ってて。そこからソロになりまして。いまは役者、声優、アーティスト、いばらき大使として茨城と東京を行き来しながらいろいろ活動しています。

──それらの活動を通して安達さんが伝えたいことは?

声優、俳優、アーティストといろんな表現をしてますけど、届けたいものは全部一緒で。そのすべてはみんなの背中を押して元気にしたい。そこにいきつくんですよね。

──全ての活動が。

ええ。僕は来年で芸能活動15周年を迎えるんですけど。こういうふうに様々な活動を続けてこられたのも、ファンの方々や支えて下さる関係者のみなさんに出会えたからで。僕は家族が芸能一家とかっていうのでは全然ないですよ。だから、茨城の本当にど田舎に住んでた僕が「俳優をやりたい」っていったら、当時周りからすごい反対されたんですよ。「芸能界なんて絶対に無理だ」って。でも、それでも僕は諦めきれなくて。だから、上京するときの目標は「いつかいばらき大使になって帰ってきてやる」だったんですよ。

──その段階から“茨城押し”だったんですね。

はい。だから、当時の役者仲間からは「お前、なんで茨城のことばっか話してんの?」とかよく笑われました。普通のアーティストさんは「将来は武道館に立ちたい」とかおっしゃるじゃないですか。もちろん僕も1回みんなにその景色を見せたいというのはあるんです。けど、そこは僕のゴールではなくて。僕は、茨城でいろんな人に夢を見て欲しいというのが一番の目標としてあるんですよ。

──それは、茨城にいる頃に安達さん自身が周りに芸能界を目指すのなんて無理だといわれたからこそ?

そうなんですよ。田舎でも東京でも関係なく目指していいんだ、やりたいことやればいいんだよというのを、自分の活動を通して伝えたいんです。僕も最初は数人のファンから始まったんですよ。デビューしたときからファンが1000人いましたという人間じゃないんで、本当にゼロからのスタートだったんですね。そこは畑と一緒で。

──農作物を育てて収穫する畑?

それと一緒なんですよ。なにもない畑を耕していくのとなんら変わらないんです。愛情をもって畑を耕していたら支えてくれる人が少しずつ集まってきて。そうやって人と人がどんどんつながっていって。そのみんなで耕したからこそ感じることや、そこで一つなにかをなしを得て完成したときの景色は何事にも変えられないんですね。そういう活動を茨城のあちこちでコツコツやってきたんですよ。

──ここのライブハウスがソールドしたから、次はあそこをソールドせさるぞとか。場所を目的に活動する人もいますけど。

僕はそういうやり方ではないですね。例えば、茨城の笠間のショッピンモールなんかで歌ったりしてると、そこにはタオルの代わりに野菜を回して楽しんでくれるお爺ちゃんが来たりするんですね。そういう人が「来月もここに来る?」って。自分のことを“生きがいだ”っていってくれる訳ですよ。会場をどんどん大きくしていってアリーナツアーをやるとか。そういうのは他のアーティストがやってくれますから。僕は、こういう安達勇人にしかできない活動をキチンとやっていきたいんですよ。今回のアルバムも、そうやって自分が信じた道をブレずに歩んでいくぞという意味を込めて『ONEWAY』というタイトルにしました。

──なるほど。野菜を回して応援してくれるお爺ちゃんだってウェルカムなんだということを、カッコつけずに話してくれるところに、安達さんの朗らかで温かい人柄を感じました。この人柄が伝わって、出会った人の心がどんどん耕されていくんでしょうね。

僕はいつも“等身大”でいたいんですよ。だから、ステージもオフも僕はあまり変わらないですし。だから、僕のライブは温かくてアットホームな雰囲気なんですよ。ライブ中に、知らない人同士で肩を組んだりするんですけど。すぐに性別、年齢層まったく関係ない、どこにも負けないような一体感を会場のみんなで作り出すんですよ。そのなかで、例えば、最初にアニメきっかけで娘さんが会場に来るようになったら、その娘さんがまずお母さんを呼ぶんです。すると、お母さんもハマって。そこからは家族全員に広がるんですね。それで、娘さんが来られないときはパパ1人で来てめっちゃ盛り上がって楽しんで、娘のお土産にグッズを買って帰るとか。で、そのパパと違う家族のパパが会場でつながって、僕のライブがないときは一緒に旅行に行ったり。そういう声をすごく聞くんですね。だから、ライブ会場はみんなのお家みたいな雰囲気なんですよ。

──会場全体で一つの安達ファミリー、みたいな。

特に茨城はそういうものが作れてますね。だから、普通のアーティストさんとはちょっと違うかもしれないですね。僕はADACHI HOUSEというファッションブランドを作ったり、笠間市にはADACH HOUSE CAFE、ADACHI HOUSE FARMがあるんですけど。それは僕がライブがないときに、ファンの方々にファッションで楽しんでもらったり、カフェではいろんな世代のファン同士が友達になったり、ファームはファームで、そこではファンと僕が一緒に年間で野菜を育てたりしてるんですけど。そこで収穫した野菜を使って、みんなで一緒にカレーを作ってみたり。

──ライブ以外にもSNSの世界ではない、様々な交流の場が点在している訳ですね。

いろんなかっこいいアーティストがいますけど、僕は畑のなかにエンタメをみんなで耕していたいんですよ。その中心にまずライブがあって。その周りに声優とか俳優もあって。ファッションもあればファームもあってカフェもあるから、老若男女問わず楽しめる。

──ああ、確かに。これなら世代を超えて楽しめますね。そういうエリアが茨城にどんどん生まれていった。

ええ。それは、支えてくれるいろんな人の愛があってこそで。出会いと運には恵まれてるんですよ。それで、いい意味でいままでのアーティストとしてのありかたややり方。その常識をぶっ壊していったら、新しいアーティストとしての生き方がどんどん生まれてきたんですよ。そこで生まれたエンタメを数年後、茨城県最大の万人の町おこしフェスとしてやれたら、すっごい楽しいんじゃないかなと思うんですよね。そこにはファッションがあって、各市町村の農家さんの物産展があって。アーティストだけではなく、全員が主役のフェスティバル。そういうものを作りたいんですよ。

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