SPYAIR 新ボーカルYOSUKEを迎え、2年振り念願の<JUST LIKE THIS>開催!メンバー全員にインタビュー!

インタビュー | 2023.07.14 19:00

“One more time, I’ll be your lignt
ここでWe can start again”(「RE-BIRTH」)
彼らはまだまだSPYAIRを諦めちゃいなかった。2022年3月、ボーカルIKEの脱退からじつに1年1カ月。2023年4月に新ボーカルとしてYOSUKE加入を発表したSPYAIRは、デビュー記念日となる8月11日、2年ぶりに7回目となる単独野外ライブ<JUST LIKE THIS>をいつもの約束の場所である富士急ハイランド・コニファーフォレストにて開催すると告げた。6月9日、バンド結成記念日に「サムライハート(Some Like It Hot!!)」、6月23日に「My World」をYOSUKEのボーカルで、ニューバージョンとして連続配信リリースした彼らは、7月7日、今年の<JUST LIKE THIS 2023>のテーマソングとして書き下ろした約2年ぶりの新曲をデジタルリリース。そのタイトルは「RE-BIRTH」。
ここからは、メンバーのUZ(Gt&Programming)、MONIKEN(Ba)、KENTA(Dr)がYOSUKE(Vo)を迎え、どうやってバンドとしてRE-BIRTHしていったのかを包み隠さず語ってくれた新生SPYAIRの最新インタビューをお届けする。
これを読んで2023年8月11日。<JUST LIKE THIS 2023>のステージで、彼らが新生SPYAIRとして、大勢のオーディエンスを目の前に復活の狼煙をあげるその瞬間に、ぜひとも立ち会って欲しい。ステージからどんなSPYAIRが立ち上がるのか。想像するだけで、いまからドキドキが止まらない。
──まず、ここに至るまでの話から聞かせていただこうと思います。IKE脱退以降、残った3人はこの先、絶対SPYAIRは続けるんだという強い意志があった上でいろいろと今後のことを模索していたのでしょうか。
KENTA絶対ではなかったよね?
UZなんなら俺は最後までずっと揺れてましたからね。
──存続させるのか、もうバンドを終わりにするのかで?
UZうん。
KENTAMOMIKENだけだね。最初からなんとか続けられる方法を探そうとしてたのは。
MOMIKENそうだね。でも、あんまり(続けることを)押しつけてもね、俺だけのチームじゃないから。SPYAIRは。
UZMOMIKENからはやりたいという意志はヒシヒシと伝わってきてたけど。自分の気持ちはどうだったかというと、10代の頃からやってきたものだからバンド自体はやりたいんすよ。SPYAIRもやりたいって気持ちはあるけど、SPYAIR=IKEの声って俺は思ってたから。その4人で築き上げてきた歴史がこのバンドだと思ってたから、ボーカルを変えてまでやるべきなのか、やっていいのかって考えて。
KENTA後者のほうが強かったよね?
UZそう。俺は(ボーカルが新しくなったSPYAIRを)やりたいのかなっていうのが正直分かんなくて。やるとはいったけど本当にやるの?って。だから、ずっと(気持ちは)フワフワしてたんすよ。でも「来年、富士急やろう」って思い切って会場を押さえたの。そうしたら、動く理由ができるじゃないですか? 動く理由ができたから、You Tubeチャンネルを立ち上げてボーカルオーディションもやることになって。
MOMIKEN自分はSPYAIR以外、他にやりたいことを考えてみても「別にねぇな」と思って。僕らはUZが曲書いて、俺が歌詞書いてって。12~13年俺らがやってきたものをここで手放すの? って思っちゃうと、それは嫌だなと思ったから、俺は最初から踏ん張りたいなというのは強くありました。ただ、さっきいったように俺だけのものじゃないから。SPYAIRは。だから、ほぐし期間を見守りながら待ってた感じですかね。
KENTA俺は、大枠はUZと感覚は一緒なんですよ。でもUZと違うところがあって。UZはバンドに憧れて音楽を始めた人だけど、俺はそうじゃないってところが大きく違ってて。UZが曲書いて、MOMIKENが歌詞書いて、IKEと俺とMOMIKEN とUZ、4人でステージに立ってその楽曲をライブで披露する。そこが俺はすごい好きだったんで、IKEが脱退したとき、正直俺は動けなかったんですよ。このままSPYAIRを続けていいのかっていう思いはめっちゃあったし。でも、バンドはやりたいって気持ちもすっごいあって、結局動けない。そんなフワフワした状態が続いてたんです。そこで、何か先立つものを作ろうっていうので、富士急を決めて。そこに向かって動いていけば、いい道が見えてくるんだろうなという感覚だったから。でも、実際に動き出したらここまでの道中、いい形で動けてきて、同時に自分の気持ちも前を向けた。そんな感じはあったかなと思います。
──富士急を決めたドキュメンタリーはYouTubeでも公開されていましたが。あのとき富士急を決めたことですべてが動き出した訳ですね。
KENTA動くしかなくなったっていう。
UZ一年前富士急に行ったとき、富士急の担当の方とプロモーターさんに、来年ここでやらせてくださいとお願いしたら、快くOKいただいて。空いてる日を聞いたら8月11日が空いているとなって。「この日は俺らのデビュー日じゃん」って。「来年の8月11日、演るんでお願いします」って、お願いして。
MOMIKEN普通なら断られるはずなんですよ。
──「ボーカルどうするの?」ってね。
UZ本当にそう!
KENTAめっちゃ不安だったと思いますよ? 俺らその時期、まだフワフワウジウジしてたから。でも、それを僕らにはいわないし、態度にも見せないで受け入れてくれて。ありがたいことです。プロモーターさんも富士急さんも。
UZ200人ぐらいのライブハウスならまだしも、あんなデカいところをまだボーカルもいない俺らに貸してくれた訳ですから。
KENTAでも、それぐらい周りの人が僕らの背中を押してくれたんですよ。

第2話【幻のライブ前日】約束の地 富士急ハイランドコニファーフォレストで新たな決意

  • 東條祥恵

    取材・文

    東條祥恵

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