風街オデッセイ2021、松本隆の作詞活動50周年を祝った奇跡の二日間

ライブレポート | 2021.12.28 16:00

2日目は一転、はっぴいえんどから始まる日本の音楽シーンの系譜を辿るような構成となった。前日とは開演前のBGMも異なり、寺尾聰「渚のカンパリ・ソーダ」やかまやつひろし「仁義なき戦い」など、かなりマニアックな選曲も。開演直前のBGMはクミコの「接吻」。最初に現れたのは前日と同じく鈴木茂だが、今度は伊藤銀次、杉真理を従えて、1曲目はナイアガラ・トライアングルの「A面で恋をして」。伊藤は初代トライアングル、杉は2代目、そして鈴木茂が大瀧詠一のパートを歌う。この日限りのスペシャル・トライアングルの結成だ。

鈴木 茂、伊藤銀次、杉真理

杉と伊藤はそのまま残り、映画『微熱少年』の挿入歌「Do You Feel Me」を。松本が原作、監督をつとめたこの映画は、主人公がビートルズ来日のチケットを手に入れる物語で、まさにこの武道館でこの曲を歌うことに、大きな意味があった。ビートルズマニアとして知られる杉も感慨無量であろう。

伊藤銀次、杉真理

続いては、シティ・ポップの旗手として再評価著しい安部恭弘のステージ。デビューにあたり、「生意気にも作詞は松本さんで」とお願いしたところ、デモテープを聴いた松本がアルバム丸ごと1枚作詞を提供したというエピソードを披露。そのファースト・アルバムより「CAFE FLAMINGO」「STILL I LOVE YOU」を涼やかなヴォーカルで歌い終えると、やはりシティ・ポップの名手稲垣潤一にバトンを渡す。松本=大瀧コンビの「バチェラー・ガール」、そして「恋するカレン」を、マイクコードを操りながら余裕のヴォーカルで。ステージ両サイドとスタンドに設置されたスクリーンには、カメラがキーボードの井上鑑越しに安部や稲垣の姿を捉えている。かつて「東芝ニューウェイブ四人衆」と言われたうちの3人がステージに立っている姿は感無量だ。

安部恭弘

稲垣潤一

元祖シティ・ポップ王とも呼べる南佳孝の登場に、会場がどよめく。おなじみの「スローなブギにしてくれ(I want you)」で、冒頭の「ウォンチュー」を放った瞬間、いきなり大きな拍手が沸いた。間奏でもさらに大きな拍手に包まれ、エンディングでは全力を振り絞っての圧巻の歌唱に観客も沸きまくる。ノリに乗ってジャンプまで披露! 南と松本は同じ東京生まれの同い年、はっぴいえんど解散後に松本が初プロデュースを手掛けたのが南の『摩天楼のヒロイン』だった。それから約50年、ともに音楽シーンの最前線で戦ってきた盟友でもある。ファンク色の強い「スタンダード・ナンバー」を歌い終えると、今度は鈴木茂と林立夫を呼び込んだ。鈴木がティン・パン・アレー時代に「ボサノバのいい曲ができたけど、一緒に歌ってくれないか」と南に依頼したのが「ソバカスのある少女」だ。これは貴重な共演となった。

南 佳孝

南 佳孝、鈴木 茂

今度は鈴木が残り、1日目と同じく「砂の女」「微熱少年」を。このあたりは松本と長い年月、活動を共にした盟友たちの共演が続く。そして、はっぴいえんどより前、エイプリルフールの時代のバンド仲間でもある小坂忠が、ベージュのスーツに茶のハットというダンディないでたちで登場。公演後に明かされたことだが、前月には病床にいた小坂は、この日が手術後、初のステージであった。だが、そのような状態だったとは露ほども感じさせぬ、ソウルフルなヴォーカルで「しらけちまうぜ」「流星都市」の2曲を歌い切った。

南 佳孝、林 立夫

鈴木 茂

小坂 忠

黒のスパンコール姿で現れたのは、星屑スキャット。「今、スリー・ディグリーズをやるなら」という発想で選ばれた3人は、本家顔負けのド派手で華やかなパフォーマンスで「ミッドナイト・トレイン」を。彼女たちが一夜の幻のように颯爽と去っていくと、元キリンジの堀込泰行が、原田真二の「てぃーんず ぶるーす」をファンク・アレンジで披露する。続いてはチェックのスーツ姿の藤井隆が、キリンジ兄の堀込高樹が作曲した「代官山エレジー」を、いたって生真面目に歌い切った。

星屑スキャット

堀込泰行

藤井 隆

このあたりは、90年代~2000年代、新しい世代のアーティストが新たな息吹を吹き込んだ風街ワールドの再現パートと言えるだろう。まず冨田恵一が現れ、前日の亀田誠治コーナーと対称化するように、冨田ラボプロデュースのコーナーがスタートする。最初はクミコが横山剣作曲の「フローズン・ダイキリ」を真っ赤なドレスで軽やかに歌えば、畠山美由紀がやはり真紅のドレスを身にまとい「罌粟」を。アダルトでセクシーな大人の女性が続き、ハナレグミ「眠りの森」へ。とろけるようなメロウ・チューンを聴かせた後は、再び畠山と堀込泰行を呼び、ハナレグミを含めたこの3人が揃うと、曲はもちろん「真冬物語」。これもまたステージで聴く機会がほとんどない、貴重な共演だ。

冨田ラボ・冨田恵一、クミコ

畠山美由紀

冨田ラボ・冨田恵一、ハナレグミ

冨田ラボ・冨田恵一、堀込泰行、畠⼭美由紀、ハナレグミ

冨田ラボコーナーの後は、80年代型アイドルの21世紀的再現といった趣向で、まずは中島愛が『マクロスF』の挿入歌「星間飛行」を。2000年代を代表する松本のアニソン作品として名高いこの曲を、アニメのセリフを冒頭に加え、聴く者を一気にマクロスの世界へと誘う。そして中川翔子が「綺麗ア・ラ・モード」を丁寧に、噛み締めるように歌った。松本と筒美京平が最後に手がけた、宝石のように美しい言葉とメロディーが観客にも染みわたっていく。

中島 愛

中川翔子

コンサートも終盤を迎え、若手実力派のさかいゆうが、山下達郎の「いつか晴れた日に」をスツールに腰かけて歌う。さらにはキーボードを操りながら、松田聖子の「SWEET MEMORIES」を、原曲とは全く異なるゴスペル風のアレンジで、壮大なロッカバラードとして迫力満点に歌い切り、聴衆を圧倒させた。

さかいゆう

2日間ともメンバー紹介は、風街ばんどによる松本隆と大瀧詠一コンビ作品のインスト・メドレーで。まるで天国にいる大瀧がその場に立ったかのようでもあり、インストなのに松本の歌詞が浮かび上がってくる不思議。大瀧のインスト・アルバム『NIAGARA SONG BOOK』のアレンジを手掛けた井上鑑ならではの名演奏だ。

45周年の『風街レジェンド』に引き続き、竹内まりやの「September」を、同曲のコーラス・アレンジを手掛けたEPOが軽やかに歌うと、大トリ、吉田美奈子の登場にこの日一番の拍手が沸く。「瑠璃色の地球」を圧倒的な歌唱力で歌い切る姿は、コロナ禍の世界に輝ける一筋の光を放ったかのようであった。出演前に松本から「美奈子、観客をぶっ飛ばしてきて」とエールを送られたという吉田は、「ガラスの林檎」をド迫力のパワー唱法で表現。原曲の面影はかけらもない前衛ジャズを思わせるアレンジながら、圧倒的な説得力を持たせてしまう彼女の歌に、会場は酔いしれ、音の洪水を浴びまくった。

EPO

吉田美奈子

本編が終了し、この日のアンコールも、もちろんはっぴいえんど。曲目は同じだが、冒頭の「花いちもんめ」で鈴木茂がギターのチューニングを間違えてやり直し、というハプニングも。「12月の雨の日」では、前日の曽我部に代わり、サポートの鈴木慶一がヴォーカルをつとめた。もともと、はっぴいえんどに加入したかった鈴木慶一への、松本の粋な計らいだ。最後、「風をあつめて」の演奏は、松本のバスドラで幕を閉じた。そして、この日の客出しBGMは南佳孝の「冒険王」。“オデッセイ”=長い旅にふさわしいラスト・ナンバー。これもまた心憎い配慮だった。

日本のポップスが成長・進化していった50年の歴史のなかで、松本隆の果たした役割は限りなく大きい。そのことを証明するかのような名曲群とレジェンド級アーティストたちの、夢の共演。松本隆が描き続けた風街ワールドは、50年という長い冒険の旅を経て、多くの人々の心に残る音楽地図を描いたのだ。そんな伝説を証明する、夢のような2日間であった。

なお、2015年に東京国際フォーラムで開催された、松本隆作詞活動45周年記念オフィシャル・プロジェクト『風街レジェンド2015』が、12月22日に待望のブルーレイ化で発売された。約3時間・全38曲が収録され100ページのブックレット付いたファン待望の内容となる。『風街オデッセイ』の興奮も醒めやらぬ中、『風街レジェンド』に足を向けた方も、見逃した方も、自宅で鑑賞できる「風街」を体感してほしい。

  • 取材・文

    馬飼野元宏

  • 撮影

    CYANDO

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