林哲司 作曲活動50周年記念「ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート」ライブレポート

ライブレポート | 2023.11.27 17:30

~林哲司 作曲活動50周年記念 オフィシャル・プロジェクト~
ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート
2023年11月5日(日)東京国際フォーラム ホールA

普遍的なメロディは時代も、世代も、国境も超えて人々を魅了する――。そのことを証明した一大スペクタクルであった。林哲司の作曲活動50周年を記念して11月5日(日)に開催された『ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート』。東京国際フォーラム ホールAに詰めかけた満場の音楽ファンは約4時間、アンコールを含め全38曲の上演に酔いしれた。出演者はキャリア70年のベテラン・伊東ゆかりからメジャーデビュー3年目のLittle Black Dressまで実力派揃いの18組。「クロニクル(年代記)」と銘打たれた公演名にふさわしく、1970年代から2020年代まで、半世紀にわたって林が生み出してきた珠玉の楽曲群がカヴァーも交えて次々と披露された。その歌唱を支えたのは「SAMURAI BAND」とネーミングされた腕利きミュージシャン12名。オリジナル音源のレコーディングに参加したメンバーが中心となって、林のメロディとサウンドの魅力を余すところなく演奏した。さらに特筆すべきは音楽監督2人の存在である。林とはお互いプロデビュー前からの盟友であるトップアレンジャー、萩田光雄と船山基紀がタッグを組んでポップ・マエストロのアニバーサリーコンサートへの協力を快諾したのだから、これ以上の布陣はない。この日の来場者は日本最高峰のプロたちのパフォーマンスを生で体感する幸運に恵まれたと言っても過言ではないだろう。

本公演は2015年の『松本 隆 作詞活動45周年記念オフィシャル・プロジェクト 風街レジェンド2015』を皮切りに筒美京平の世界 in コンサート、松本隆50周年記念 風街オデッセイ、大野雄二80歳記念公演、売野雅勇40周年記念公演と続いてきた、ソングライターへのリスペクトを込めたプロジェクトの第6弾。当該作家にゆかりの深いオリジナル歌手から平成生まれの新進アーティストまで、多彩な出演者の歌声と超一流ミュージシャンの演奏によって作風や偉業を浮き彫りにするコンセプトは継承されつつも、今回は「作曲家」「編曲家」「プロデューサー」「シンガー」等、多面的な顔を持つ林ならではの構成・演出となった。公演の主役が自ら語り、歌い、出演者と共演する。そうすることで作家の想いや作品に込められた熱量がより伝わる内容になったと言えよう。と同時に、現在も月間100曲を創作し、若いアーティストにも作品を提供している林だけに、50周年コンサートが「集大成」ではなく「通過点」に過ぎないことも多くの観客が認識したに違いない。

ここからはセットリストに基づき奇蹟の一夜を振り返ろう。ステージは摩天楼の夜景を描いた幕をバックに、中央部にトンネル状のトラスを設置。その左右にSAMURAI BANDが配された。17時過ぎ、OvertureをBGMにスモークが焚かれると開演への期待が高まる。オープニングアクトは今年3月に2人体制となったLittle Black Dressによる「北ウイング」。言わずと知れた中森明菜の代表曲であり、林のトリビュートアルバム『サウダージ』(11月8日発売)にセルフリメイクVer.が収録されたことで話題沸騰のナンバーだ。この日はオリジナルよりもロック色を強めたパワフルなサウンド。力強く離陸するairplaneを想起させる、幕明けにふさわしいパフォーマンスであった。
「林先生の音楽は自分のルーツ。過去から今、今から未来へと歌い繋いでいきたい」。そう宣言したヴォーカルのRyoは2022年、林から提供された「逆転のレジーナ」も歌唱。北島健二に師事したMoeのエモーショナルなギターと絡みつつ、アタックを効かせた歌声で令和世代にも林の音楽が継承されていることを印象付けた。

Little Black Dress

開幕早々、会場のヴォルテージが上がったところで白いジャケットを着用した林が登場。来場者への謝辞を述べたあと、本企画の成り立ちとコンセプトが本人の口から説明された。林は2018年から、自身の楽曲をオリジナルアレンジで演奏するライヴシリーズ『SONG FILE LIVE』をプロデュースしているが、今回の周年公演はそれとは一線を画したスペシャルなものであるとコメント。錚々たるアーティストとミュージシャンの参加に加えて、アマチュア時代からの盟友である萩田光雄と船山基紀を音楽監督に迎えられたことへの感謝と感激が言葉の端々から伝わってきた。そして「今日は僕の名義にはなっていますが、素晴らしい方たちによって上演される作品が主役。新しい曲も織り交ぜながらお送りしますので、最後までごゆっくりお楽しみください」と告げて開幕の辞を締めくくった。

林哲司

やがて街の雑踏を思わせるSE(効果音)とともに、ステージ左右に設置された大型モニターに次の上演曲と作家のクレジットが表示される。近年DJの間で再評価が著しい「Dang Dang 気になる」(オリジナル:中村由真)だ。歌う武藤彩未は『筒美京平』『松本隆』に続く本プロジェクト3回目の抜擢。林メロディをユーロビート調にアレンジした本作(原編曲:船山基紀)は80年代のフレーバーが満載の1曲だが、それを80年代ポップス好きの武藤が溌溂と歌うことで過去と現在がシンクロするステージとなった。
「いちファンとしてこの日を楽しみにしていました。今27歳ですが、この時代に生まれたからこそ林先生の名曲たちを歌い継いでいきたい」。そう語った武藤はもう1曲、河合奈保子が放ったナンバーワンヒット『デビュー ~Fly Me To Love』を披露した。原曲は鷺巣詩郎による華やかなアレンジが聴きどころだが、ホーンセクションを強調した今回はさらにキラキラ感を増したリゾートサウンド。武藤は持ち前の歌唱力と河合に通じる清涼感のあるヴォーカルで、会場を華やかな空気で満たしてくれた。

武藤彩未

そしてここからは5人の女性シンガーが1曲ずつ披露するコーナーに突入。最初に、林が2020年からプロデュースを手掛けるシャンソン歌手・松城ゆきのが登場し、気品のあるクリスタルヴォイスでバラード曲「戀」を歌い始めると、場内は一気に静聴モードに。ミュージカルで鍛えられた経歴の為せる業か、情景が浮かぶ表現力で聴衆を魅了する。「ライヴハウスで歌っているところを林先生に発掘されてデビューしました。これからも憧れ、叱られ、信じてついていきたい」と話す言葉からも気品と折り目正しさが伝わってきたが、それは品格ある林の音楽性にも通じるように感じられた。

松城ゆきの

続いてサーモンピンクのロングドレスに身を包んだエミ・マイヤーが登場。京都生まれ、シアトル育ちで、日米を拠点に活動する彼女は「林さんの曲はどれも心に響くので、今日はここで歌えて嬉しい。これからもどんどん歌っていきたいです」とコメント。全編英語詞の「If I Have To Go Away」(オリジナル:Jigsaw)を(当然のことながら)ネイティヴの発音で歌唱し、会場を洋楽AORの世界に導いた。同曲は英国のバンド「ジグソー」に提供され、全米93位、全英36位の快挙を達成した、林のキャリアにとって重要な作品。日本よりも早く海外で評価を受けたことは彼の音楽性が当初からユニバーサルなものであったことの証しと言えよう。

エミ・マイヤー

そしてSAMURAI BANDのコーラス隊から大滝裕子がステージ中央に出て「半分愛して」を披露。80年代にヒットを連発し、ゴールデンコンビと呼ばれた康珍化と林哲司が初めてタッグを組んだ本作は、当時南洋リゾート路線を展開していた浅野ゆう子に提供されたグルーヴ感溢れるメロウチューンだが、今回はソロ歌手としても実績を残す大滝によってアダルトムードたっぷりに歌われた。

大滝裕子

惜しげもなく実力派が登場する贅沢な構成にうっとりする間もなく、次に現れたのは今年歌手生活70周年を迎えた伊東ゆかり。林にとっては伝説の歌番組『ザ・ヒットパレード』(フジテレビ系/1959~1970年)以来、憧れのスターである。その大ベテランは、この10月に高音質UHQCDとして復刻されたアルバム『MISTY HOUR』(1982年)を林がプロデュースするきっかけとなったシングル「強がり」を歌唱。レス・ポール&メリー・フォード夫妻の「世界は日の出を待っている」を意識して書かれたという同作は前田憲男の原編曲を生かしたスウィングジャズ調のポップスだ。安定のアルトヴォイスで軽やかに歌った伊東は「(リリース当時の42年前に)若返ったつもりで歌いました。林先生、これからも若返りの歌をお願いします」と締めくくり、場内の笑いを誘った。

伊東ゆかり

続いてSAMURAI BANDのコーラス隊から2人目となる稲泉りんがステージ中央へ。数々の作品にセッションシンガーとして参加している稲泉は、林がプロデュースしたイルカのアルバム『Heart Land』(1985年)からの先行シングルとしてリリースされたミディアムバラード「もう海には帰れない」をカヴァー。深みのある情感豊かな歌声でオーディエンスを酔わせてくれた。

稲泉りん

一転してリズミカルなイントロに乗って国分友里恵が登場。林がプロデュースしたデビューアルバム『Reliefe 72 hours』(1983年)はシティポップの名盤として再評価を受け、2013年に初CD化されたが、この日はそのなかから「恋の横顔」と「Just A Joke」の2曲が披露された。ともに転調が繰り返されるオシャレなコード感が特徴だが、前者は90年代に一大ムーヴメントとなったガールポップを先取りしたような軽快な作品。一方、新MVが今年8月に公開された後者は恋の駆け引きを16ビートに乗せて歌うファンキーなナンバーだ。歌う国分は「80年代の曲をこんなに素敵なところで歌わせてもらえて幸せ」と歓びを表現した。

国分友里恵

そしてモニターに次の上演曲が表示され、お馴染みのイントロが流れ始めると、会場は再びアゲアゲモードに。全身黒でコーディネイトした杏里が登場し「みんな元気~!?」と呼びかけると、場内は総手拍子、立ち上がる観客も現れた。これこそヒットソングの強みで、みな笑顔で「I can’t stop the loneliness~」のフレーズを口ずさむ。間奏のトランペットをはじめ、サウンドが原曲以上に響いてきたのは生演奏の臨場感だけでなく、40年の時を経て演奏陣が進化したことの現われ。その熱量が観客に伝わったからこそ、杏里がサビのリフでマイクを向けると「と~ま~らな~い」の大合唱が生まれたのだろう。
奇しくも45年前のこの日(1978年11月5日)にレコードデビューした杏里は「『悲しみがとまらない』は悲恋の歌なのに、今でもコンサートではいちばん盛り上がる。今も輝き続ける曲をたくさん作られてきた林さんを作家として尊敬しています」とコメント。続いて「悲しみが~」と同時期に提供されたバラード曲「YOU ARE NOT ALONE」をスウィートなヴォーカルでしっとりと歌い上げた。

杏里

杏里の2曲はいずれも康珍化×林哲司コンビの作品だったが、続いて上演された「天国にいちばん近い島」(オリジナル:原田知世)も2人が組んだ代表的なヒットチューン。林にとっては初のチャート1位を獲得したメモリアルな楽曲だ。今回は昨年リリースされた原田知世のトリビュートアルバムで本作をカヴァーした土岐麻子が歌唱。透明感のあるハイトーンヴォイスで会場を心地よく包んでくれた。

土岐麻子

「物心ついた頃から、洋楽のようなオシャレなサウンドと切ないメロディが合わさった林さんの音楽に接してきました。そのなかでも印象的だった『天国にいちばん近い島』を今日のようなおめでたい場で歌えたことがとても幸せ」と語った土岐は、その作り手をステージに呼び戻す。白と水色のストライプのジャケットという爽やかな出で立ちで再登場した林は「天国~」の制作エピソードを明かすと同時に、自分のメロディを素晴らしい歌に仕上げてくれた編曲家・萩田光雄と作詞家・康珍化への感謝を述べた。
ここからは主役の林にスポットが当たり、まずは土岐とのデュエットで自身の2ndアルバム『BACK MIRROR』(1977年)に収録された「レイニー・サタデイ&コーヒー・ブレイク」を歌唱。原曲はヤマハ時代から林と交流がある大橋純子がブリッジの英語パートを歌ったアーバンメロウで、大橋自身も同時期にカヴァーしているが、この日はギターを弾きながらのお披露目となった。

林哲司、土岐麻子

そして2曲目はソロで「悲しみがいっぱい」を歌唱。音楽ファンの間では「悲しい色やね」「悲しみがとまらない」に続く“悲しみ三部作”の第3弾として知られてきたが、林のトリビュートアルバム『サウダージ』ではオリジナルのオケを使用して杉山清貴がカヴァーしたことで再び話題を集めている。疾走感のあるメロディに哀愁成分が十二分に含まれている林ならではのポップスをSAMURAI BANDとのコラボで愉しげに歌う姿が印象的だった。この2曲は主役へのリスペクトと祝祭感に溢れたコーナーだったと言えるだろう。

林哲司

しばし余韻に浸ったあとは林哲司を語るうえで重要な位置を占める上田正樹が第1部のトリを務めた。黒のニット帽に白いシャツ、黒いスラックスというモノトーンファッションできめた上田はジャパニーズ・レゲエとして人気が高い「レゲエであの娘を寝かせたら」を披露。SAMURAI BANDが奏でる抜群のグルーヴ感で、会場から手拍子が巻き起こる。
「林さんの音楽は微笑みのメロディ。実際、彼はいつも微笑んでいる。そして少しセンチメンタル。ここにいらっしゃる皆さんの心にそよ風が訪れると思います」。そう語った上田は大ヒット曲「悲しい色やね」を「大阪の街の歌です」と紹介。オリジナルに忠実なアレンジが多かった本公演だが、このときは原曲と異なるイントロで始まり、上田のスキャット、ルイス・バジェのトランペット、今剛のギターが絡み合うソウル色を強めたサウンドで上演された。フェイクを効かせまくった上田の歌唱は40年以上歌い込んできたからこそのパフォーマンスでオーディエンスを圧倒。数々のライヴを重ねてきたアーティストならではのステージで第1部を締めくくった。

上田正樹

15分の休憩を挟み、第2部はこれまた林のクロニクルで欠かすことのできない杉山清貴&オメガトライブでスタート。アロハシャツのリゾートファッションで統一した彼らがデビュー曲「SUMMER SUSPICION」を演奏し始めると一斉に拍手が起こり、そこここで立ち上がるファンが現れた。林哲司時代の本格的到来を告げたキラーチューンだけに当然の反応と言えたが、驚くべきは40年前と変わらぬどころか、寧ろパワーアップしたヴォーカルとバンドサウンド。本公演のためにオリジナルメンバーをもとに8人が集結したが、現役感が半端ないのは近年も精力的にライヴ活動を展開しているゆえだろう。演奏後は歓声が飛び交うなか、メンバーそれぞれが林への祝辞や謝辞を一言ずつ発言。杉山が語った「林さんが存在しなければ僕らも存在しなかった」という想いをメンバー全員が共有していることが伝わってきた。
そして2曲目は期待通り、彼ら最大のヒットとなった「ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」が披露された。猛暑続きで、いつまでも夏が終わらないかに思えた今年にこそふさわしいとも言えるナンバーだが、彼らの音楽はあくまでも爽やか。「オンリー・ユー(オンリー・ユー)君にささやく(メモリー)」のコーラスワークの息もぴったりで、国際フォーラムに80年代の涼風を吹かせてくれた。

杉山清貴&オメガトライブ

場内の興奮冷めやらぬなか、ステージは暗転。オメガトライブに替わってSAMURAI BANDが持ち場につく間、大型モニターで音楽監督2人、萩田光雄と船山基紀への個別インタビュー映像が流された。2人はそれぞれ「林との出会い」、「その作風や楽曲の魅力」、「今回のアレンジを通じて感じたこと」などをコメント。萩田からは「これからもシティミュージックのセンスのまま、いい作品を作り続けてください」、船山からは「哲ちゃん(=林の愛称)のメロディは普遍ですから、これからもずっと残っていくと思います。お互い頑張っていきましょう」との愛あるエールが送られた。

再び会場が暗転すると、ステージには松本伊代が登場。衣装は裾が斜めにカットされたロングドレスで、右の美脚が眩しいオシャレなデザインだ。歌唱曲は林がヨーロッパを意識して書いたという「信じかたを教えて」。林のトリビュートアルバム『サウダージ』には2022年に配信リリースされたセルフリメイクVer.が収録されているが、彼女の持ち味である中低音のしっとりした声の響きを生かしたメロディで、客席は水を打ったように静まり返る。公演後のSNSで絶賛のコメントが多数寄せられたのは、彼女の声のよさと歌唱力に惹かれた観客がそれだけ多かったことの現われと言えよう。
「今の曲は私が21歳のとき、大人の歌を歌いたくて林先生にお願いした作品です。この曲をきっかけにシングル三部作やアルバムのほぼ全曲など、たくさん作っていただきましたが、当時より今の方がしっくりと歌える気がします」。そう挨拶したあとに歌ったのは“恋愛三部作”の第2弾「サヨナラは私のために」。切ない林メロディに松本の切ないアルトヴォイスがマッチすることを証明した1曲だ。本公演では間奏で今剛が原曲にはないギターソロを聴かせるなど、ライヴならではの臨場感もたっぷり。親衛隊がペンライトを振るなか、バラード2曲をしっかりと歌い切った。

松本伊代

続いてモニターに表示されたのは「Be Yourself」。カルロス・トシキ&オメガトライブが88年に発表したアルバムの表題曲で、シティポップファンの間では今も高い人気を誇るバラードだ。今回はSING LIKE TALKINGのフロントマンでもある佐藤竹善がカヴァー。清涼感のあるハイトーンヴォイスで、原曲のキラキラ感を増幅した斉藤ノヴのパーカッション(ウインドチャイム)、間奏で切なさを誘ったアンディ・ウルフのサックス、そして壮大なコーラスと見事なアンサンブルを聴かせてくれた。
「小さい頃は歌謡曲で育った僕ですが、やがて洋楽の影響を受けるようになると、林さんの音楽が届くたびに日本の音楽の変化を感じました。林さんの作り上げた楽曲とサウンドがあったから、自分の好きな音楽でデビューすることができたと思っています」と林への想いを述べた佐藤は続けて郷ひろみの「入江にて」を歌唱。ニューヨークのフュージョンバンド「24丁目バンド」が参加したアルバム『SUPER DRIVE』(1979年)に収録されたAOR調のメロウグルーヴは近年、DJを中心に再評価が進んでいるが、この日もパーカッションが刻む華やかなリズムにフルートやサックスの柔らかな音色が乗る極上のアンサンブルが届けられた。

佐藤竹善

名唱・名演が続くなか、第2部の中盤をさらに盛り上げたのは、松本隆の『風街オデッセイ2021』でも観客の度肝を抜いた鈴木瑛美子。今回は米国で活躍した尺八奏者・松居和がジェニファー・ウォーンズのヴォーカルで1982年に発表した全編英語詞のバラード「幻の水平線 -The Direction You Take-」をゴスペルで鍛えた驚異的な声量で歌い上げ、やはり大喝采を浴びた。間違いなく、今回のハイライトシーンの1つと言っていいだろう。
とはいえ歌唱後のトークと笑顔はどちらかと言えば力の抜けたトーンで、そのギャップもまた魅力。意外にも緊張していることを明かしたあと「特別な日に歌わせていただけることがとても幸せです」と感謝を述べ、林の出世作とも言える「September」(オリジナル:竹内まりや)をカヴァーした。鈴木のソウルフルなヴォーカルに呼応するかのように、SAMURAI BANDも力強く華やかなサウンドを構築。笑顔で手を振る彼女が舞台を去るまで拍手と歓声は鳴り止まなかった。

鈴木瑛美子

パワフルなディーヴァに続いては林流シティポップをウイスパーヴォイスで表現し続けた歌姫が登場。そう、デビュー以来、全楽曲を林に提供された菊池桃子である。鮮やかなグリーンの衣装で現れた菊池はエヴァーグリーンな輝きを放つ3曲を歌唱。まずは初のチャート1位を獲得した「卒業-GRADUATION-」とマイナーアップテンポのオータムソング「もう逢えないかもしれない」を続けて歌い、会場を桃子ワールドに染め上げた。
MCでは初めて林と出会ったときは中学生だったこと、以後ずっと音楽面をプロデュースしてもらって担任の先生のように思っていることを明かすと同時に、人間の感性に影響を及ぼす思春期に美しい林サウンドで育つことができた幸運に感謝。さらに「これまでに59曲を書いていただいている私は本当に幸せで、これからも大切に歌わせていただきます」と続け、シティポップ通の間で評価の高い「ガラスの草原」を披露した。のちのラ・ムーにも通じるブラックコンテンポラリー風のサウンドに乗る柔らかなヴォーカル。その浮遊感は彼女にしか出せない魅力であることを改めて感じさせた。

菊池桃子

そして上演30曲目で圧倒的な存在感を示したのがジャパニーズAORの帝王・寺尾聰である。林からの提供曲は1987年のアルバム『Standard』に収録された「The Stolen Memories」1曲のみだが、本公演に自身が惚れ込む髙水健司と今剛がSAMURAI BANDとして参加すると聞いて、出演する決心がついたという。その寺尾は今がアレンジした同曲をタンバリン片手に、髙水と今と息の合ったパフォーマンスで聴衆を惹きつけた。
トークでは林への祝辞のあと「この曲を書いてもらって以来、全く行き来がなかったんですけれども、今日お会いしてしょっちゅう会っているような関係になれたことが嬉しい」とコメント。新しい展開に期待を持たせる言葉に続いて、自身のライヴを茶目っ気たっぷりに告知するなど、終始会場を沸かせる話術で大御所の貫禄を見せた。

寺尾聰

SAMURAI BANDはその後、林アレンジ曲の常連で、2016年に若くして旅立った名ギタリスト・松原正樹に提供された「SHINING STAR」の演奏を開始。同曲はインストゥルメンタルだけに林の洋楽的センスが光るギターフュージョンで、和魂洋才を地でいく演奏中にバンドメンバーの名前がモニターで紹介された。

SAMURAI BAND

見どころ満載のコンサートはさらに続き、舞台上には衣装を替えた杉山清貴がソロで登場。航空会社のキャンペーンに起用されたサマーソング「僕の腕の中で」を歌い始めると「待ってました!」とばかり、立ち上がって手を振るファンの姿も。高いキーでも力強く突き抜けるヴォーカルは杉山の真骨頂だが、本作では高尾直樹の爽快なコーラスが融合し、ひとときのリゾート気分を味わわせてくれた。

杉山清貴

林サウンドを体現する西の横綱を杉山とするならば東の横綱は稲垣潤一。彼のシルキーヴォイスに林自身が惚れて、自ら提供を申し入れたという存在だけに本編の大トリを務めることになったのも頷ける。ピンストライプのスタイリッシュなスリーピーススーツに身を包んだ稲垣は昨年、33年ぶりに林から提供された「哀しみのディスタンス」から歌唱。続いてアルバム曲ながら人気の高い上質バラード「P.S.抱きしめたい」を張りのあるエモーショナルなヴォーカルで歌い上げ、AORシンガーの第一人者であることを改めて知らしめた。
歌では二枚目の稲垣だが、MCでは一転、漫談風のトークを展開。「林さんとの想い出はたくさんあるので、ここで話すと長くなりそうですが、これ以上押すとヤバそうな雰囲気がございますので短めに」と言って会場を沸かせたあと、「哀しみのディスタンス」の制作時、林からのメールがしつこかったと冗談交じりに明かしたことでさらに大きな笑いをとった。しかも「そのしつこさがいい曲を作るためには大事なこと」と続けて、創作に向き合う林の真摯な姿勢をも伝えたのだから完璧なトークであった。
そしてもう1曲、「思い出深い作品」として挙げた「思い出のビーチクラブ」を披露。1987年の日本作曲大賞を林にもたらし、稲垣が初出場した紅白歌合戦でも歌われた同曲は本編のラストを飾るにふさわしい選曲だった。

稲垣潤一

稲垣とバンドメンバーが壇上から去ったあとも鳴り止まぬ拍手はやがてアンコールを求める手拍子に替わり、程なくしてSAMURAI BANDの面々がそれぞれの持ち場に。アンコール1曲目は菊池桃子が現れて「Blind Curve」を歌唱した。彼女の1stアルバム『OCEAN SIDE』(1984年)に収録された同曲は「真夜中のドア」をカヴァーしたことでも知られるインドネシアの人気YouTuber、レイニッチが2020年に歌ったことで再注目されたポップチューン。リリース当時を知らない若いDJや海外の音楽ファンから火がつく楽曲が多いのも林作品の特徴だが、それは時空を超える普遍的な要素を備えているからにほかならない。

菊池桃子

続いてステージには稲垣潤一が再登場。流麗なメロディラインとモータウン風のサウンドがキャッチーな「1ダースの言い訳」が披露され、サビの部分では多くの観客が左右に手を振った。歌い終えた稲垣が主役の名前を呼ぶと、白いタキシード姿の林が現れ「しつこい林です(笑)」と自己紹介。会場は爆笑に包まれた。

稲垣潤一

本公演に出演したアーティスト、ミュージシャンに加え、関係者や家族への謝辞を述べた林は「先ほどから皆さんに歌っていただいている曲、演奏していただいている曲を聴いて、しみじみと作った当時のことが走馬灯のように浮かんできました。素晴らしいミュージシャン、アーティスト、スタッフ、そういう方たちの手を借りて僕の書いたメロディを皆さんにお伝えできることを本当に幸せに思います」とコメント。そして「おそらく皆さん、『あの曲をやっていないんじゃないか』とおっしゃると思って、ちゃんとサプライズを用意しました。松原みきさんが元気だったらおそらくここに来て『林さん、おめでとう!』と言ってこの曲を歌ってくれたことでしょう。50周年にあたる今日のステージでは彼女の声を皆さんに届けたいとスタッフにお願いしたところ、松原さんの声(ヴォーカルトラック)に合わせてバンドメンバーが奏でてくれることになりました」と語り、その案に賛同した音楽監督・船山基紀の名を呼んだ。

林哲司、船山基紀

ステージに登場した船山と固い握手を交わした林は「歌は永遠だということを証明してくれた松原みきさん、そしてこの曲を作るにあたって僕に『思い切り洋楽っぽい曲を書け』と言ってくださったディレクターの金子陽彦さん、レコーディングで素晴らしいアドリブを弾いてくれた松原正樹さん、同じくアドリブを吹いてくれたジェイク・コンセプションにこの曲を捧げたいです」と、先に旅立った仲間たちの名を挙げてリスペクトを表明。船山の指揮で「真夜中のドア 〜stay with me」の演奏が始まるとモニターに在りし日の彼女が登場するMVが上映され、2コーラス後のリフレインでは出演者全員がステージに並び、観客とともに大合唱する感動のフィナーレを迎えた。奇しくもこの日は44年前に松原みきが同曲でデビューした日。林のみならず会場にいた全員が不思議な偶然に胸を熱くしたことだろう。

4時間超の公演では「作品は齢をとらない」ことに加えて、大衆性と音楽性を念頭に己が信じるいいメロディをひたすら書き続けてきた音楽家の偉大な軌跡も明らかになった。稀代のメロディメーカー・林哲司は51年目以降も人々の心に残る音楽を作り続けていくに違いない。

林哲司

SET LIST

No.「TITLE」/ARTIST(オリジナル)
01. 北ウイング / Little Black Dress(中森明菜)
02. 逆転のレジーナ / Little Black Dress
03. Dang Dang 気になる / 武藤彩未(中村由真)
04. デビュー 〜Fly Me To Love / 武藤彩未(河合奈保子)
05. 戀 / 松城ゆきの
06. If I Have To Go Away / エミ・マイヤー(Jigsaw)
07. 半分愛して / 大滝裕子(浅野ゆう子)
08. 強がり / 伊東ゆかり
09. もう海には帰れない / 稲泉りん(イルカ)
10. 恋の横顔 / 国分友里恵
11. Just A Joke / 国分友里恵
12. 悲しみがとまらない / 杏里
13. YOU ARE NOT ALONE / 杏里
14. 天国にいちばん近い島 / 土岐麻子(原田知世)
15. レイニー・サタデイ&コーヒー・ブレイク / 林哲司、土岐麻子(大橋純子&美乃家セントラル・ステイション)
16. 悲しみがいっぱい / 林哲司
17. レゲエであの娘を寝かせたら / 上田正樹
18. 悲しい色やね / 上田正樹
19. SUMMER SUSPICION / 杉山清貴&オメガトライブ
20. ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER / 杉山清貴&オメガトライブ
21. 信じかたを教えて / 松本伊代
22. サヨナラは私のために / 松本伊代
23. Be Yourself / 佐藤竹善(カルロス・トシキ&オメガトライブ)
24. 入江にて / 佐藤竹善(郷ひろみ)
25. 幻の水平線 -The Direction You Take- / 鈴木瑛美子(松居和 feat. カルロス・リオス)
26. September / 鈴木瑛美子(竹内まりや)
27. 卒業 -GRADUATION- / 菊池桃子
28. もう逢えないかもしれない / 菊池桃子
29. ガラスの草原 / 菊池桃子
30. The Stolen Memories / 寺尾聰
31. SHINING STAR / SAMURAI BAND(松原正樹)
32. 僕の腕の中で / 杉山清貴
33. 哀しみのディスタンス / 稲垣潤一
34. P.S.抱きしめたい / 稲垣潤一
35. 思い出のビーチクラブ / 稲垣潤一

ENCORE
01. Blind Curve / 菊池桃子
02. 1ダースの言い訳 / 稲垣潤一
03. 真夜中のドア 〜stay with me(松原みき)

<音楽監督>
萩田光雄 / 船山基紀

<SAMURAI BAND>
今剛(Guitar) / 増崎孝司(Guitar) / 富樫春生(Keyboards) / 安部潤(Keyboards) /髙水健司(Bass) / 江口信夫(Drums) / 斉藤ノヴ(Percussion) /高尾直樹(Chorus) / 大滝裕子(Chorus) / 稲泉りん(Chorus) /ルイス・バジェ(Trumpet) / アンディ・ウルフ(Saxophone)

  • 取材・文

    濱口英樹

  • 撮影

    深野輝美

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