HONEBONEの「初ステージの思い出」

スペシャル | 2023.07.13 17:00

編集部:初ステージの思い出を教えてください。
KAWAGUCHI(Gt)2006年の5月、渋谷O-EAST(現在の名前はSpotify O-EAST)です。「初めてのライブは渋谷O-EASTです」って言うと、「すごいね」って言われるんですが、そういうことではなく(笑)。単にブッキングの穴があいて、「誰か暇なヤツはいないか?」ということになり、当時のメンバーがO-EASTの人と知り合いだったこともあり、「じゃあ、うちがやります」ということになりました。これが渋谷O-EAST出演のいきさつです。
EMILY(Vo)私は当時、15、6歳で、ライブハウス事情をよく知らなかったんですね。「O-EASTという超有名なライブハウスに出られるよ」と言われて、「イエ~イ!」って、よくわからず喜んでいました(笑)。ライブ当日は、ほとんど農場で働くみたいなかっこうで、サロペットを着て出たのを覚えています。

EMILY

KAWAGUCHIそうそう。平日で、当時EMILYは高校生だったので、高校帰りだったんですよ。僕が渋谷駅まで迎えに行ったら、EMILYがホントにポテトガールみたいなかっこうで現れました(笑)。
EMILY多分、化粧もしてませんでしたね。日焼けしたまんまで、そのままO-EASTに行きました。友達は20~30人呼んだんですね。兄貴の友達も来てくれて、当日、ライブをやったら、兄貴の友達も盛り上がっちゃって、肩車する人もいて(笑)。
KAWAGUCHIEMILYの兄貴の友達、ヤンキーが多いんですよ(笑)。
EMILYKAWAGUCHIくんも興奮して上半身裸になって、ギターを弾くのをやめて腕立て伏せを始めたんですよ(笑)。私は私で、「こんなギター、いないだろう、かっけーだろう」って盛り上がっていました(笑)。
KAWAGUCHIあの時は興奮しすぎて、ギターの弦が4本切れてしまい、2本だけになったんですね。それでギターを弾いてもしょうがないな、もういいやって感じで腕立て伏せをしました(笑)。

KAWAGUCHI

EMILYO-EASTに20~30人しかいなかったんですが、その20~30人がめちゃくちゃ盛り上がりました。終演後、当時のブッキングマネージャーに 「じゃあ、赤字はいくらだから払って」と言われて、私は高校生だからお金がないので、私以外のバンドのメンバーが支払っていました。
KAWAGUCHIたしか1人1万円ずつくらい、支払いました。
EMILY私はその光景を見て、“ライブをやって、お金をもらえるんじゃないんだな、お金を払うんだな”って思った記憶があります(笑)。しかも当時のライブハウスの店長さんから、いろいろと怒られたんですよ。「お前ら、何を目指しているんだ?」って。
KAWAGUCHI「歌詞は英語でないと」とか、いろいろ説教されて、その頃は反骨心もそんなになかったので、「はい、わかりました。英語にします」って言われたことを素直にメモっていました。
EMILYお金を払って、怒られました(笑)。それが最初のステージの思い出です(笑)。
編集部:なかなかない貴重な体験ですね…!ありがとうございました。

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