稲垣潤一、ふるさとへの想いを語る。

スペシャル | 2017.06.19 12:00

稲垣潤一
編集部:稲垣潤一さん、ふるさとについて教えていただけますか?

仙台

僕のふるさとの仙台は、暮らしやすいところだと思います。
自転車で問題なく移動できる距離感のなかに街の主だったところが収まっていて、海まではクルマで1時間もかからないくらいの距離だし、山も近いんですよ。だから、いろんな楽しみがあるし、食べ物も海の幸、山の幸が味わえるっていう。それに、音楽がさかんで、外タレのコンサートもいろいろあったんです。僕もたくさん観に行きました。ハコバンやってた70年代当時は、お店の数も多いですから、ミュージシャンたちが東北六県から集まってきてて、だから楽屋ではそれぞれのお国言葉が飛び交ってましたけど、そういう意味でもやっぱり東北の中心という感じでしたし、僕にとっては音楽的な原点であることは間違いないですね。
ただ、3.11がいろんな思い出の地の姿をすっかり変えてしまいました。例えば貞山堀という、海水浴場であり、またおやじと釣りに行ったりしたところがあるんですけど、そこはまったく変わってしまって、その光景を見たときは本当に衝撃的でしたね。3.11以前から、故郷には何か恩返ししたいなと思って、そういう活動もしていたんですが、それでいよいよ支援活動をしっかりやるようになりました。稲垣潤一サポート基金を開設し、それから「みやぎびっきの会」という宮城出身者が集まってのチャリティ・プロジェクトでもずうっと活動していきたいと思っています。


編集部:3.11が思い出の地を変えてしまったというお話は非常にリアルで胸が詰まりました。子供たちの記憶に残る故郷の光景が、自然や笑顔でいっぱいになるよう、私たちにもできることはまだまだあるはず。
稲垣潤一さん、ありがとうございました。

 

■稲垣潤一 Duet With 土屋アンナ – 涙のロンリー・ボーイ(稲垣潤一『男と女5』より)

 

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