渋谷公会堂物語 〜渋公には伝説という魔物が棲んでいる〜 第3回 語り手:HOUND DOG 大友康平「自分たちのライブのスタイルを確立した場所」

コラム | 2018.03.15 18:00

提供:渋谷区

第3回 語り手:HOUND DOG 大友康平

世に“ライブ・バンド”と称するバンドは少なくないが、ライブ・バンドとは単にライブをたくさんやるバンドという意味ではない。圧倒的な数のライブをやり続けながら、そのなかで自分たちのスタイルを確立し、ライブのなかに自分たちの未来を見出し、そういうことのすべてをライブの現場でオーディエンスと共有し、その存在感を印象づけるのがライブ・バンドであって、その意味でこの国の最初のライブ・バンドはHOUND DOGであると言っていいだろう。そして、そのライブ・バンドのライブ・ヒストリーにおいても渋谷公会堂はエポックメイクなステージの現場になっている。その熱い記憶を、大友康平に語ってもらおう。

──HOUND DOGが初めて渋谷公会堂のステージに立ったのは?
多分、ソニーのSDオーディションのゲストだと思います。僕らは、その第1号のうちの1組だったんですけど、僕らのときは地区ごとのグランプリが全部デビューできたんです。北海道のグランプリが五十嵐浩晃さんで、東北がHOUND DOG、中国地区が村下孝蔵さん、九州地区が松田聖子さん。デビューするだけじゃなくて、そのあとも活躍した人がこれだけ出たんですから、レベルが高かったんでしょうね。で、僕らのときには「ソニーは音楽のジャンルは選ばない」ということで、大阪のグランプリは演歌の三門忠司さんという人だったんですよね。でも、次の年から各地区のグランプリを集めて決戦大会をやることになって、そのなかから白井貴子さんとか出てきたんですけど、その決戦大会の2回目か3回目のゲストで出たのが渋公の最初だと思います。あの頃は、東京でロックのメッカと言われていたのは新宿厚生年金会館だったんですよ。「武道館をやる」なんて言っても「バカか」と言われるだけで、ロック・バンドは新宿厚年から渋公がやれたら一流で、そのなかでも新宿厚年のほうが格は高かったような気がしますね。
──とすると、HOUND DOGも自分たちのコンサートを渋公でやれることになったときには、一人前になった気がしましたか。
どうだったのかなあ…?人のコンサートをいろいろ見にいったのは憶えてるんです。山下久美子さんとか長渕剛さんとか。それで、“見やすいコヤだな”と思った記憶はあるんですけど…。HOUND DOGの渋公を初めてやったのは、「GREAT ESCAPE TOUR 1984 狼と踊れ」というツアーの3デイズだと思いますよ。それから、1985年に「ff(フォルティシモ)」がブレイクした直後に5デイズをやりました。5日連続と聞いて“フザけんなよ”と思ったんですよね(笑)。いつも3日やったら、1日休み入れてただろ?って。でも、「いや、渋公はそのスケジュールしか押さえられなかったから、5日連続です」と言われて。

「GREAT ESCAPE TOUR'84/狼と踊れ」先行予約DM(ディスクガレージ所蔵)

──その「渋公を5日連続で」と伝えられたときは、まだ「ff(フォルティシモ)」はリリースされてなかったんじゃないですか。
いや、『SPIRITS!』というアルバムと「ff(フォルティシモ)」が8月25日に発売になって、日清カップヌードルのCMで「ff(フォルティシモ)」が流れて一気に機運が高まって、「ff(フォルティシモ)」もアルバムもチャートに入って、それでライブが10月ですからね。
──本番の2カ月前に渋公を決定したんでしょうか。
あの頃はひとつのツアーが終わって、2ヶ月くらいでまたすぐにツアーでしたから、仮押さえみたいな形でスケジュールは持ってたんだと思いますよ。
──なるほど。実際、その前のツアーのクライマックスが8月10日の伝説的な“大雨の中の西武球場”ですから、そう考えると1985年というのはHOUND DOGにとって激動の年ですよね。
そうですね。85年というのが、HOUND DOGにとって一番エポックメイキングな年ではありますよね。しかも、その5デイズがすべてすぐに売り切れて、超満員のお客さんは超熱狂で、しかも1曲目が「ff(フォルティシモ)」でしたからね。

「TYPHOON PARTY TOUR 1985」西武球場公演の先行予約DM(ディスクガレージ所蔵)

──ただ、HOUND DOGの場合は、その前に初の日本武道館をやってしまってるんですよね。
そうですね。83年です。
──それも、客観的に見て“大丈夫なのか?”という状況のなかでいきなりやってしまったんですよね。
だから、あれはファンの人たちとの共同作戦で、「多分、最初で最後だろうから、みんな来てくれよ」と訴えたら、本当に超満員になっちゃったっていう。その後のツアーで北海道に行ったら、100人も入らなかったですからね(笑)。
──(笑)。だから、順番に階段を上っていって、非常に成功したバンドだけが武道館をやるという当時の常識をHOUND DOGは覆してしまったわけですが、当の大友さんにしてみると、そういうふうに頂点の武道館まで行った後で、いくら5デイズとは言え、渋公をやるとなってもモチベーションを高めるのは難しくなかったですか。
そういうことは全然なかったです。コンサートがやれれば、それでいいんですよ。武道館で1万人を前に1回やるより、2000人のコヤで5回やったほうがうれしいな、みたいな、そういう感覚はありましたから。それに、武道館はやっぱり特別じゃないですか。お客さんも全国から来るから。だから、武道館の後だからって渋公が盛り上がらないなってことはまったくなかったです。根っからのライブ好きということなんでしょうね。

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