三浦大知 「球体」
2018年6月17日(日)NHKホール(東京)
※1日2回公演
5月から6月にかけて行なわれた三浦大知の“完全独演”公演『球体』(全8カ所・10公演)から、6月17日(日)の東京・NHKホール公演(昼・夜開催の昼公演)をレポート。7月11日発売のニューアルバム『球体』と連動するかたちで行なわれたこの公演で三浦は、音楽、詩、ダンス、歌、舞台演出を高い次元で融合させた、総合芸術作品と呼ぶべきステージを実現させた。
今年3月に発表したベストアルバム『BEST』で自身初となるオリコン週間アルバムランキング初登場1位を獲得。さらに初の日本武道館2デイズライヴ『DAICHI MIURA BEST HIT TOUR in 日本武道館』を成功させるなど完全なブレイクを果たした三浦大知。日本のエンターテインメントを代表するアーティストのひとりとなった三浦の次なるアクションは、“球体”と名付けられた実験的にして未体験のプロジェクトだった。軸になっているのは、リリース予定の同名アルバム『球体』。これまでも三浦の楽曲(『Inside Your Head』『Anchor』『Unlock』など)を手掛けてきたNao'ymtの全面プロデュースによる本作には、断片的かつ群像的短編のようなイメージを持つ17曲を収録。このアルバムを三浦自身の演出、構成、振付けによって体現したのが今回の公演だ。ある架空の世界を舞台に紡がれる、時空を超えるような17の物語が、美しい日本語の響きを活かした詩、質の高いサウンドメイク、そして、三浦の卓越したヴォーカルとダンスとともに立体的に描かれるーーそれはまさに三浦大知という表現者の新たな進化を示す舞台だった。
この日NHKホール公演は昼(14時45分開演)、夜(18時30分開演)の2公演。昼の部には女性同士のグループ、若いカップルのほか、家族で来ている観客もかなり多く、三浦大知が幅広い層に支持されていることが分かる。今回の公演は着席指定。ステージ幕に波の写真が映され、会場に心地良い波の音が響く中、観客は静かに開演を待っていた。
客席の照明が落とされ、幕が上がると一瞬だけ“キャーッ!”という歓声が上がるが、最初の楽曲「序詞」が始まり、深みのあるヴォーカルとともに《思えばこれまでの人生 海原に浮かぶ一艘の舟 身を粉にし得た対価で どうにか防ぐ波風》というラインが響くと客席は静寂に包まれる。舞台には透明なベッド、窓、ドア、ピアノなどが置かれ、この部屋から『球体』の物語が始まることが告げられていた。
その後はアルバム『球体』の曲順通りに楽曲が披露された。まず注目すべきは舞台美術と演出。「円環」では約2mほどのリングがステージに浮かび、三浦は環の中に入ってパフォーマンス。「淡水魚」では湖の底にいるような音響、映像、ライティングが施され、「飛行船」では飛行船のドアのなかに無数の人々が入っていくシーンが描かれる。楽曲の世界観と強くリンクしたステージングは観客の理解を促すと同時に、新たなイマジネーションへと導いていた。
従来の三浦大知の楽曲とは異なるサウンドメイクも印象に残った。BPM高めのエレクトロチューンも含まれているのだが、それは観客を盛り上げたり踊らせるものではなく、あくまでも『球体』という世界観を描くために機能していた。中心になっていたのはアンビニエントな雰囲気のダークかつディープなトラック。The Chainsmokers、フランク・オーシャンあたりのオルタナR&B系のアーティストともリンクする音楽性だが、単にトレンドを取り入れたのではなく、やはり『球体』を表現するために必要な音だったということだろう。
舞台で描かれる物語は、とても説明し切れない。《行きたい場所が見つからない 帰りたい場所はあるのに》(『序詞』)という思いを抱えた男が何かを探しに行くために旅に出る…というのがストーリーの軸だと思うが、そこに含まれる要素はとんでもなく多彩で、ひとつひとつが奥深い。鑑賞中に人生、自然、文明、環境、命の連鎖、愛といったワードが頭の中に浮かんだが、全体像を掴むまでには至らなかった。つまりこれは、観客に能動的な思考を要求する表現なのだ。正解はどこにもなく、感じたものが全て。その姿勢は三浦大知の根本的なスタイルだと言えるだろう。
その中心に存在しているのは言うまでもなく、三浦大知の歌とダンスだ。日本語による歌詞に心地良いグルーヴを加えながら、優れて詩的な響きへと導くヴォーカル。そして、コンテンポラリーダンスからストリートダンスまでを網羅しながら、独創的な表現に結びつけるダンス。公演が進むにつれて筆者は、物語の意味を汲み取ることを止め、三浦のパフォーマンスだけに集中していた。それはおそらく、他の多くの観客も同じだったと思う。
《この世界の片隅に 君がいるのではない 君こそが この世界のすべて》というフレーズを高らかに歌い上げた「世界」、三浦がピアノを演奏した「朝が来るのではなく、夜が明けるだけ」、そして物語のエピローグ的な雰囲気を持つ「おかえり」によって公演は終了。MCや挨拶は一切なく、舞台『球体』は幕を閉じた。
これまでのライヴとはまったく趣が異なる『球体』の世界は、ファンの間でもさまざまな評価を生むことになるだろう。本公演について“これは、一生続いていくプロジェクトだと思っています”とコメントしている三浦大知。新たな表現スタイルを手に入れた三浦は、アーティスト/表現者として次なるフェーズへと入っていくことになりそうだ。
セットリスト
01. 序詞
02. 円環
03. 硝子壜
04. 閾
05. 淡水魚
06. テレパシー
07. 飛行船
08. 対岸の掟
09. 嚢
10. 胞子
11. 誘蛾灯
12. 綴化
13. クレーター
14. 独白
15. 世界
16. 朝が来るのではなく、夜が明けるだけ
17. おかえり