工藤静香、バルカン室内管弦楽団と共に届けたプレミアムな一夜をレポート

ライブレポート | 2025.05.19 18:00

工藤静香 PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2025
2025年5月17日(土)昭和女子大学人見記念講堂
指揮:栁澤寿男/管弦楽団:バルカン室内管弦楽団

昨年に続いてオーケストラとの共演が実現した“PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2025”は、工藤静香のライブ・パフォーマーとしての個性にいよいよ新たな輝きを加えることになるだろう。そんな予感を覚えながら出かけてきてみると、彼女自身があっさりと最初のMCでその予感の核心を言葉にしてくれた。

「いつものバンドでやるコンサートはレールの上を走っていく感じなんです。それが新幹線になったりゆっくりとした汽車になったりすることもあるんだけれど。それにしてもレールの上を突き進んでいる感じなんですけど、オーケストラの皆さんとやるのは豪華客船に乗っているような気持ちになるんですよ。楽団の皆さんそれぞれの呼吸があって、それぞれに心臓の鼓動も感じられて、でもそれが一つになって、そこに身を委ねるともう本当に豪華客船みたいな感じで。だから、皆さんもぜひ一緒に豪華客船に乗ったような気持ちよさを楽しんでください」

バンドでのライブが直線的な爽快感を届けてくれるとすれば、オーケストラとの共演は海にたゆたうような大らかな心地よさを体感できるということか。
しかも、この日は最良の条件が揃っていた。

例えばこの日の会場となった昭和女子大学人見記念講堂は、都内有数の音響の良さで知られるホールだ。1986年にクラシック専門のサントリーホールが開館するまでは、内外の名門オーケストラが数々の名演を残してきたし、86年以降はロック/ポップスのコンサートもしばしば行われるようになり、さまざまなアーティストがここでの演奏をライブ・アルバムやライブ映像作品として残している。

加えて、この日のオーケストラはバルカン室内管弦楽団。工藤のオーケストラ・シリーズで大活躍の指揮者、柳澤寿男が長く民族対立が続いてきたバルカン半島の平和を願って設立したオーケストラだ。つまりは、強い絆で結ばれた指揮者とオーケストラであるということ。そして、そのオケのメンバーは、激しい戦火の中にあっても楽器を手放さず、文字通り命がけで音楽と向き合ってきた人ばかりだから、その奏でる音の一つひとつに込める思いは月並みではないというのはクラシック音楽の関係者誰もが知るところである。

というわけで、特別な時間になる予感しかない開演前の客席のざわめきは、オーケストラのメンバーの登場とともに拍手に変わり、コンサート・マスターの女性が最後に席に着くとチューニングが始まる。静かな水面に波紋が広がり、やがて終息してくようにオーケストラの音が整い、そして柳澤が登場する。
さあ、“豪華客船”の旅の始まりだ。

ところで、豪華客船の旅と聞いてまず思い浮かべるのは、穏やかで静かなイメージかもしれない。が、工藤静香がエスコートすれば、そこに直向きなパッションが加えられ、あるいはどこか郷愁さえ感じさせる日本情緒が漂う。言い換えれば、「激情」や「慟哭」といったヒット曲が、オリジナルの魅力はそのままにゴージャスなロマンティシズムをまとって届けられる。カッコいい。そして、切ない。

バルカン室内管弦楽団の個性も、素敵な化学反応を引き起こしたようだ。というのも、情感豊かな彼らの民族性は、苛烈な民族紛争を経験していっそう深い喜怒哀楽の表情を音楽的に表現するようになったと言われている。そんな彼らの感性が、女性の恋心の機微を繊細に表現する工藤のボーカルに刺激されないはずもなく、だからこそ熱い曲はより熱烈に、ロマンティックな曲はさらにロマンティックな憂いを帯びて聴衆を魅了した。

そして、ひとつのクライマックスとなったのが「Blue Rose」。ジャジーでスウィンギンなアレンジに乗って工藤は体を揺らし、妖艶な女性の魅力を印象的にその歌で描き出してみせる。そこから生まれる熱情を、ジプシージャズの起源となったと言われるバルカン半島の血を受け継ぐオーケストラがしっかりと受け止め、だから歌の熱量はさらに高まり、ここで歌われるBlueとは最高度に燃えさから炎の青だと思われた。

さらには、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団との共演で制作した1989年発表のアルバム『カレリア』から、そのタイトル曲を再びフルオーケストラとの共演で披露できたことは工藤自身にとっても大きな喜びとなったに違いない。

アンコールで登場した工藤が口にした「わたし、すごくホッとしてます」という言葉はそのシンプルさゆえに、彼女がこの日のステージに向かった集中度の高さとその結果得た手応えの大きさを率直に物語るものだろう。

工藤は最後に「貴重な時間をわたしにくださって、ありがとうございました」と、聴衆に感謝の気持ちを伝えた。その言葉に、すべての聴衆は「こちらこそ!」と思ったはずだ。そのタイトルの通り、プレミアムな時間を届けてくれた一夜だった。

6月7日に決定した追加公演では、工藤自身が作詞を手掛けた「勇者の旗」(作詞:愛絵里・ 作曲・編曲:村松崇継)が横浜少年少女合唱団との初共演で披露される。工藤のさらなるプレミアムなステージに期待が広がる。

SHARE

最新記事

もっと見る