世武裕子、ピアノ弾き語りによるアルバムリリース&東名阪ツアー開催!歌で、ピアノで、メッセージを届ける理由

インタビュー | 2023.04.21 19:00

2022年11月9日に『あなたの生きている世界1』(5曲収録)、2023年2月8日に『あなたの生きている世界2』(6曲収録)を配信リリース。その2作をまとめたCD『あなたの生きている世界1&2』が、4月26日(水)に発売になる世武裕子。フジファブリックや宇多田ヒカル、椎名林檎やサカナクション等のカバー9曲と、自身の曲のセルフカバー2曲を、ピアノ弾き語りで収録したこのアルバムは──映画やテレビドラマ等の劇伴作家として大忙しなので、コンスタントに出続けているサウンドトラック作品を別にして──ソロシンガー世武裕子のアルバムとしては、実に5年ぶりとなる。本作を携えて東名阪を回るツアーを行うが、これも久々。どのような意志をもってこのすばらしいアルバムを作り上げたのか、どんなツアーになりそうか、(彼女は広島在住なので)リモートで訊いた。
──『あなたの生きている世界1&2』は、ソロシンガーとして最後の作品にしようと思っていた、という話を前にされていましたよね。
はい。実際、しばらくやめてたんですけど。ただ、そのやめかたが「もうやりきったから」みたいな、いいやめかたじゃなくて。がんばってやっても、あまりうまくいってないし、やる必要ある?もうソロはいいや、映画音楽でやっていこう、みたいな感じでした。
ピアノを弾くことをなるべく控えてきたのもあります。ピアノばっかり評価されて、歌のことにはあまり触れてもらえない行き詰まりと言いますか。それもあって、やってなかったんですけど、もう海外に行って、映画音楽だけにしてがんばろう、って思った時に、その前に、前から作ろうと思ってたものを作ってやめるか、みたいな感じだったんです。
──そもそも子供の頃から、映画音楽を作る人になるのが、目標だったんですよね。
そうです。
──で、ソロアーティストとしてデビューして、活動していく途中から、映画音楽家としての仕事が軌道に乗っていきますよね。僕は映画のエンドロールで「これ、世武裕子だったのか」「あ、これも世武裕子」ということが多くて。俺は世武裕子が音楽の映画、ほとんど観てるんじゃないか?と思って調べたら、1/3も観ていなかったことがわかりました。
(笑)。
──そうなると、ソロのほうはもういいかな、と考えるのは、わからなくはないですが。
コロナ禍でも、劇伴の仕事がけっこう順調で、困ったこともなく、普通に生活できているんですけど、ふと、それでいいのか?と思ったんですね。自分だけがよかったらいいのか?と。
──というと?
自分の生活はまあまあ安泰で、このままのらりくらりやっていけそう、でもそれでいいのかな、って。今、時代的にも、社会や経済は厳しくなっていたりとか……そもそも、自分が生きてきた環境の中で、身近な大人に助けを求められなかったとか、そういうことで、ちっちゃい時に苦労してたんですけど。今の若い子とかも、みんながみんな、家族が仲良くいい家庭で楽しく育つわけでもないし、学校の先生に相談できるとは限らないし、いじめも多様化してきています。自分も生活していく中で、たとえば山梨に引っ越して、そのあと広島に引っ越して、いろんな仕事をしている人と出会って話していると、私だったら、自分の権利として「おかしい」って主張するだろう、っていうことでも、「いや、自分なんて主張できる身分でもないし」みたいな感じで、泣き寝入りしたり、病んで会社を休職したりしている人が結構いるなと感じました。東京では同業者とか、集う業界が似ているのであまり気づかなかった事です。それなりにみんな自分の主張があったり、「業界の事情」という特殊な世界の話のような気がしてしまったり。でも、東京の外に出ると、そうじゃなくて。色んな生き方の人たちと、現実的に近くでいろいろ話したりするようになって、自分の中で普通だったことと違うことに何度も出会う度に、自分は劇伴でいい感じで仕事できてるからいいや、っていうのって、社会人としてどうなんだろう?と思って。
──そこで、音楽で何かできるんじゃないか、それをやるべきではないかと。
だから、そのためには──映画音楽の作曲家だけでやっていると、自分がこういう人たちにメッセージを届けたいな、っていうところになかなか届けられない事があって。だったらソロでやって、届けたいメッセージを届けたい人に届けることを、やはりまた考え始めました。
──まあ、それはそうですよね。
音楽に言葉が付いていることで、もうちょっと具体的にメッセージが届けられるんだということに、今さら気づいたというか。もともと言葉がない音楽をやっていて、それで100%表現して生きてきたので、あんまり言葉を必要としてなかったんですよね。だから、なんでみんなカラオケで歌いたいかもわからなくて。なんでみんなそんなに歌が好きなのかとか、そういうことに気づいてきました。
──そこで作った『あなたの生きている世界』は、『1』と『2』に分けて配信で出して、あとでCDとして1作にする、というリリースのしかたにしたのは──。
「今の世の中的に、11曲入っていても誰も聴かないです」って言われて、「ああ、じゃあ分けます」みたいな(笑)。悪い意味じゃなくて、私、全然こだわりないんです。「ジャケットは?歌詞カードの紙質どうします?」とか言われて初めて、「えっ、みんな気にしてんの?」みたいな感じで(笑)。
──音楽以外はなんでもいいと。
正直、音楽を聴いてくれさえすれば、他はなんだっていいわ、と思っています。ただ、最近すごい久しぶりにちょっとずつライブをやり始めて、会場でお客さんが購入してくれたCDにサインして二言三言しゃべるみたいなこと、私、すごい好きなんですよね。
それで、そのためにはやっぱりフィジカル(CD)がないとなぁと思うに至りました。お客さんが「すごい感動しました!」とか言ってくれて、「ありがとうございます、クラウドにある音源を聴いてください」じゃあ、ちょっとなあ、やっぱりCDがあるといいのかな、と。『Raw Scaramanga』(2018年リリースの4thアルバム)ぐらいまで、わかんなかったんですよ。私のサインもらうとか、私と一緒に写真撮りたいとか、なんかいいことあんのかな?みたいな。
──(笑)。
すごい有名人とかならわかるけど、私だよ?って(笑)。でもそのあと、コロナでブランクが空いたことが、結果的によくて。その間に自分の中でリセットされて、違うモチベーションでアルバムを作って、違うモチベーションでライブをスタートさせてみたら、楽しいっていう感じも甦ってきて。で、「サインください」っていうお客さんと話したりした時に、「あ、こんなに喜んでくれるんだな」っていうことが……今までなんで気づかなかったのか、わかんないですけど。
あと、今年の3月11日に、仙台で演奏したんですよ(仙台市立荒浜小学校で毎年開催されている『HOPE FOR project』に出演)。それで……私、本当にこの決断、合ってたかな? って、たまに思う時があるんです。歌を作って歌う、日本語を届ける、って腹をくくったけど、さっさと海外に行っていたほうが、自分の人生プランとしては成功に近いんじゃないの?映画音楽作曲家としてレッドカーペットを歩く、という、昔の夢に向かうにはそのほうが早いんじゃないの?っていう不安が、たまに押し寄せてくるんですけど。
でもその3・11の時に、観に来てくれたお客さんが……ほとんどが地元の人なんですけど、今は荒浜のあの土地には住めなくなって、3・11だけ帰って来る人とか。何かしらその土地に縁のある人たち。その中で、20代前半の子で、震災のあとに絶望して、もう生きてる意味もわからない、みたいになっていたけど、たまたま世武さんの音楽を教えてもらって、今日初めて生で聴いて、こんなに生演奏で感動することがあるんだ、本当に生き続けてよかったです、みたいなことを言ってもらえて。
そのたったひとりの声で、「本当に生き続けてよかったと思った」っていう事実の強さで、「全然間違ってなかったわ」って思って。
私が誉められる時って、ピアノがすごいとか、映画の劇伴いっぱいやってるとか、そういう声はもらうんですけど。「生き続けてよかったです」って言われることって、全然違う次元の話で。もちろん誉められるのはうれしいけど、やっぱり「死ななくてよかった」っていう声の強さに圧倒されました。「大丈夫だわ、この道で合ってたわ。これで行こう、行くべきだ」ってなれました。
──1曲ごとに「こういう感情を伝えたい」というよりも、自分の音楽全体で伝えたい、大きなテーマがあるような感じですね。
ああ、それはやっぱり……みんながちょっと優しくなって、いい社会になることのきっかけになればいいという想いですね。「君のほんの少しの愛で」っていう曲を書いた時(2015年リリースの『WONDERLAND』収録曲。『あなたの生きている世界1』でもセルフカバーしている)からその気持ちはずっとあって。自分自身もそうなんですけど、急に全部完璧にしようとか、聖人のようになろうとか、無理じゃないですか。ダイエットとかもそうですけど、急に10キロ落とそうと思うから続かない。だけど、ちょっとずつ、全員がちょっとずつだったら頑張れることってあるし、ちょっとの集合体で全然違う社会になると思うんですよ。
そのちょっとをやろうとするかしないか、っていうのが難しいところなんだけど、その「ちょっとずつでいいんだよね」っていうメッセージを発信してる人って、実はあんまりいない気がするんですよ。急にすべてを変えようとすると、すごい大変だから「やっぱり自分には無理だ」ってなる。それって、すごいもったいないんですよね。でも実際そういうことが生きていてよく起こるし、自分にもそういうところはある。あとで気づいて反省したりとかしょっちゅう。だからこのメッセージを届けたい、みたいなのはあるかもしれないですね。
──それに気がついたのっていつ頃ですか?
うーん、30代になってからですかね。この業界に入って、一時期めちゃくちゃ叩かれたので、アンチの人とかに。それのおかげかも。私、それまで田舎で音楽ばっかりやって暮らしていて、急に(留学で)パリに行って、帰って来てこの業界に入ったので。2ちゃんもエゴサーチも、何もかも知らなかったんですよ。そういうのを知って、けっこう衝撃的な世界っていうか、すごい落ち込んだりとかしてたんですけど。まあすっかり慣れちゃって、いちいちへこまなくなりました。だからといって、アンチの人がいろんな人を好きなように叩いてるのを見て、「わかるよ」とは思わないですけどね。ただそれも「ちょっとのことなのにな」って思う。その人だって、ただ悪人なんじゃなくて、何かしらストレスがあって、全然幸せじゃないと感じて、飾り付けられた人たちが殊更に幸せに見えて「なんか腹立つ、あの人」みたいになってることのほうが、おそらく多いのかなと。
──というか、ほとんどがそうでしょうね。
要するに、自分がなりたいものになれてないとか、得たいものが得られてないから、人がうらやましく見えるわけじゃないですか。じゃあその人に対して、誰かがもうちょっと優しかったら、その人もちょっと優しくなれる。「うらやましいんだけど、でも冷静に考えたら、この人だってきっと努力してこうなってるんだろうし、自分が幸せになりたいように、人だって幸せになりたくて必死なんだ」っていうふうに……特にこういう職業をやってると、イヤなことやむかついたことをそんな簡単にさらせないんで。だから、みんなに見せてるところは自分が選んで見せてる一部なんですよね。すると、やっぱり「華やかな世界で、好きなことだけやってていいよね」って言われたりするんで。そういうことの積み重ねで、「ほんとに、ほんのちょとなのにな、全員が」っていうのは、思うようになりました。
──で、東名阪のツアーがありますが、どんなライブにしたいと考えておられますか。
今回は、生ピアノにこだわっています。
『あなたの生きている世界1&2』は、生ピアノの音を、極力自分が思っている形に……中村涼真くんっていうエンジニアと、監修のthe chef cooks meの下村(亮介)くんと作ったんですけど。音はできるだけ、自分がピアノの前の椅子に座って聴いている状態に近い状態で録りました。
でもやっぱり、生楽器に関しては、つきつめると目の前で聴いてもらうことに勝るものはなくて。それを体験してほしくて今回のツアーは生ピアノのある場所に限定して、会場を選びました。
あとは私、『Raw Scaramanga』までは、世界観を第一優先に演出していたので、MCとか全然してなかったんですよ。でも、話して伝わることもステージで共有したいなと思っています。「だからこの曲ってこうなんだ!」っていう、そういうコミュニケーションもはさみながら聴いてもらおうと思っています。あとは、たまにインスタとかツイッターで、「あの曲はやってくれるんですか?」とか、「(映画の)『エゴイスト』のエンディング曲、弾いてくれますか?」とか──。
──あ! それは僕も聴きたいです。
ありがとうございます。そういう声をもらえると……「なるほど、聴きたい人がいるんだったら、やってみようか」とか、モチベーションになります。だから、とにかくピアノと歌を聴いてもらう、音楽のおもしろさも……同じ曲でも、いつも同じふうに弾いてるわけじゃないんで。ちょっとアレンジが変わると、「あ、この歌詞ってこういうことだったんだ!」みたいな。今回、音源でもたまにそう言っていただけるんですけど、演奏によって、言葉とか物語が変わってくるのは、おもしろいと思うので。それを体験してほしいな、っていうツアーです。

公演情報

DISK GARAGE公演

『あなたの生きている世界』リリースツアー

2023年6月7日(水) 名古屋・TOKUZO -得三-
2023年7月11日(火) 大阪・Music Club JANUS
2023年7月20日(木) 東京・めぐろパーシモンホール 小ホール

チケット一般発売日
名古屋公演:2023年4月15日(土)10:00
大阪公演:2023年5月13日(土)10:00
東京公演:2023年4月22日(土)10:00

RELEASE

『あなたの生きている世界1&2』

Album

『あなたの生きている世界1&2』

CD:2023年4月26日(水)SALE
※配信リリース済
  • 兵庫慎司

    取材・文

    兵庫慎司

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