日本が誇るラグジュアリーなファルセットボイスを持つR&Bシンガー、米倉 利紀。そんな米倉さんに現在発売中の最新オリジナル・アルバム『switch』を通して、米倉さん流の「大人のための人生をhappyに生きるためのヒント」を教えてもらった。人生の分岐点にいる人は必見ですよ!!
インタビュー/東條祥恵
──まずは、発売中のニュー・アルバム『switch』を作った経緯から教えて頂けますか?
断捨離をテーマに前作『streamline』というアルバムを作り、カバーアルバム『うたびと』を作った後の今作になるのですが。アーティストによってはカバーアルバムは企画ものだという方もいらっしゃいます。僕も初めはそういう気持ちだったんです。でも、『うたびと』のジャケットのコンセプトを考えているとき、オリジナルとカバーには果たして違いは必要か?と思い始め。『うたびと』は古くからの友人であるレスリー・キーに撮影してもらったんです、僕のことをよく知っているレスリーだからこその僕、米倉 利紀のパーソナルな部分を引っ張り出してもらえた気がしたんですね。それまでジャケット撮影というとどこか構えてたところがあったんですが、それとはまったく違う角度から彼が撮影してくれて。完成した作品を見ても、いままでにない表情をしているなと自分でも思えたんです。そんなこともあり、企画物とかオリジナルというような境目が自分のなかでなくなって。以前から知り合いだったレスリーとこのタイミングでやっと仕事ができたこともそうですが、人生の分岐点って、どんなタイミングでどこで出くわすか分からないし、どこで見つけるかも分からないけど、必ず大事なタイミングでやってくというのを『うたびと』を作ってるときに改めて強く感じたなかでの『switch』の完成なんです。
──それで、人生の分岐点を『switch』 というタイトルで表した訳ですね。人生の分岐点に立つ“大人たち”にとてもポジティブなエールを送ってくれる作品だなと感じましたが。
ありがとうございます。僕なりにこれまでいろんな経験をしてきて、そしてこれからも今まで以上の経験をしたいなという思いで完成したアルバムです。常に新しくありたいし、進化し続けたいんです。ただ、どう頑張っても退化していく部分はある。
──体とかそうですよね。
でも、心の年齢はもっとプラスに考えてもいいんじゃないかと思うんです。
──それはどういうことですか?
年齢を重ねていくといろんな経験をしているからこそ、明確に見定められたり、見極められたり、見つけられたりするスピードが上がっていって当然だと思うんです。体的には“よっこいしょ”かもしれないけど(笑)、心的には“これはこうだからこうなんだよ”と説教くさいだけではただのうるさいおじさんなんですけど、“そっか。自分のときはこうだったけどいまの時代だとどうなるんだろう”という柔軟な心を余裕で持ち合わせていたいなと思っています。
──日本は外見ばかりのアンチエイジングを気にしてて、米倉さんのように心のアンチエイジングをこうして分かりやすく提唱している人ってあまりいない気がします。
僕自身、アメリカでの生活があることも大きいと思うんです。特にニューヨークに住む彼らがどうやって素敵に年齢を重ねているかというと。例えば、彼らはね、「リタイアすることが楽しみでしょうがない」っていうんですよ。
──えぇーー!!
日本にはあまりないでしょ?
──ええ。聞いたことないですね。
人としてリタイア後にどう生きていくかという夢が彼らには明確にあるんですよ。だから僕、よく彼らからいわれています。「歌いつ辞めるの?一生こうして働き続けるつもり?」って。日本だけにいたら声が出なくなるまで歌い続けることが歌い手としての人生で、それが美しい人生と思ってたかもしれない。もちろんアメリカにもそういう価値観はあるし、一生歌い続けてたシンガーの方はたくさんいらっしゃいます。だけど、その前に“人としてどんな人生を生きているのか”というのが、僕は大事なことなんだと分かったんです。
──まずは自分が人生をどう生きたか。それがあってこその歌であり曲であり、仕事である、と。
だと思います。19歳でデビューして、20代、30代でははもっと売れてる予定だったんです。自分のプランでは(微笑)。それで40代は余裕で音楽作ってる人生設計だったんですよ。でも、そんな人生簡単にいく訳がない。いまだって50代、60代のプランはありますけど、簡単にいくとは思ってないです。だけど「どうせプラン立てても上手くいくはずがない」という生き方もしたくない。やはり、大きな夢と目標があるから人は輝いていられると思いますから。そこで目標が達成できなかったときにどうするか。その“蓄え”や“引き出し”を作っておくのが人生であり、大事だと思うんです。人生で躓いたとき、以前はこういう風に処理してた、あのとき周りの人はこうしてたな、でも自分だったらこうするなという引き出しという経験をいくつ心に持っているかで、人生の有意義さが違ってくると思っています。だから、多少のことで躓いてもパニクらないで冷静でいられる自分がいるんです。
──すごい!それが、大人のリスク回避も含めた夢の描き方ですね。
作り終えたいまだから言えるのかもしれないですけど、今作は今の僕、40代だからこそ歌えることを詰め込めたなと思っています。30代の人生は勢いがあって、人生を説くにはまだ早い。僕は40代ですが、50代から見ると40代で人生を説くなんて、まだまだ甘いよと言われるでしょう。40代ってぶっちゃけた話、ものすごく中途半端な世代なんですよね(微笑)。でも、中途半端だからこそ人生あがけるところがあって、自問自答できることがあって、自業自得だなと思うこともあって。だからこそ出てくる勢いと、後退しないように踏ん張る力が出るんだと思います。
──それをリアルに描いたのが、アルバムの中の「words」ではないですか?
そうです。この曲はものすごく孤独な1曲で、僕にしては珍しく深夜に歌詞を書いたんです。いまの自分、何やってるんだろうって自問自答しながら。恋愛も仕事も含めて、楽しいことだらけではない。だけど、充実してるなと思ったんです。
──楽しいことだらけではないのに?
ええ。それがこの曲のエネルギーになってるんだと思います。しんどくても辛くても充実させることってできるんだなと。苦しくても充実してるんです。
──それは……人生をちゃんと冷静に受け止めながら生きているから?
だと思います。分かりやすくいうと、家の玄関を出た第一歩から「今日はこの靴を履いて出た、履き心地はこんなだったな」ということを再確認しながら一歩ずつ生きられているということ。例えば嫌なことがあったときも「嫌だ」で終わったら充実はしないんです。「なんで嫌なんだろう」と “考えられる心”があると充実した毎日になる。それに感謝した曲でもあります。
──日々、考えられる心でいるためにも、この歌にあるように“冷静”でいなければいけない、と。
そうですね。30代の頃から僕はインタビューやライブのMCで“諦めることは悪いことではない”と言い続けてきました。いろんな出来事を明らかに見極めながら冷静に次の一歩を進む。諦めるってそういうことだと思うんです。だけど、30代はまだ何かと勢いがある年齢、そこまで冷静にはなれなかった。だから言い争うことも多かたったし、喜ぶときも嬉しいときも明日のことなんて考えないでとことん楽しんでた。だけど40代に入り、少しずつ冷静になるということがどういうことなのか、本当の意味で心が理解してきた気がしてます。
──本作の裏テーマ、アルバムの軸にはいま話していただいた“冷静”というワードがある気がしますね。
ラジオでは「交差点」などをアルバムのリード曲としてかけていますが、実は僕の中の心臓部にある曲は「words」ですから。この気持ち、このエネルギーがあったからこそでき上がったアルバムだと思ってます。でも、かといってアルバム制作がこの曲から始まった訳ではないんです(微笑)。
──えっ、そうなんですか?
人生と同じで、最初から分かっているのか、最後に分かるのか、途中に分かるのか。確信はどのタイミングで現れるか分からない。「words」はそれでいうと3つ目。アルバム制作の途中で書きました。そっか、これがアルバムのテーマなんだとそこで気づき、そこから残りの曲を書いて。最後に書いたのが「交差点」です。充実した日々を感じられている僕は、これをどこに感謝しなきゃいけないんだろうと考えたとき、自分が出てきた『場所』でした。僕の両親や家族は大阪にいるので年に3~4回しか会えないんですよ。そう考えると、僕の残りの人生、両親の残りの人生のなかであと何回会えるんだろうと思ったらすごく寂しくなったんです。こうして親のことを考えるようになったってことは、次のステージが近づいてきてるんだなと思いました。だから、感謝できて嬉しくもあり、悲しくもありという感覚でしたね。
──米倉さんの作るアルバムは、こうして常に米倉さんの人生と密着して存在している。そこが魅力的なんですよね。どこまでも上質でラグジュアリーな声とサウンドに包まれながらも、歌詞には米倉さんのリアルな人生観が描かれている。そのギャップが素敵だなといつも感じるんですよ。
僕もそうありたいと思っています。やっぱり夢を見てもらいですから、ファンの皆さんには。だけど、現実を知らないと夢なんて見られないじゃないですか。現実を知っているから、夢を見られるんだと思いますから。いま言っていただいた音とか僕の声でみなさんに“うわ~”って思って頂くだけで僕は最高に幸せなんです。そして、さらに、いまおっしゃって頂いたように歌詞を読むと、人生ってそんなに簡単じゃないなってご自身の人生に置き換えて人生課題を見つけてくださることを僕は目指しています。夢と現実のバランスがあるから、音楽って楽しいんじゃないかな。例えば、今作でいうと「HIPSTER」。歌詞も茶柱がどうとか、ハッピーアイスクリームだとか、どうでもいいようなことしか書いてない。でも、そういうなに気ない日常を僕らは生きている。
──ああ~、こっちはそういう現実を描いた曲なんですね。
ええ。厳しい現実と、どうでもいいようなくだらない現実。そういった現実にちゃんと生きているからこそ夢を見られる。そのバランス、スイッチングを楽しみたいなと思って僕は音楽を続けています。
──スイッチングといえば、米倉さんがライブで「若い頃は見ないで座れた椅子も、手で位置を確認しながら座るようになりました」というようにMCで厳しい現実を見せる後、さらっとラグジュアリーなバラードを歌うのはそういうことなんですね。
ええ。人間は加齢に逆らうことはできない訳ですから。でも、僕たちには夢を見れるとか目標を持てるというものすごく特殊な能力を神様から授かっている訳じゃないですか?
──人間だけの特殊能力を。
ええ。でも、ちゃんと現実も知らなければ夢や目標だけでは生きていけないから、僕は会場に集まってくれるファンの方と年を重ねていく面白さをシェアしたいんです。例えば、僕だって白髪があります。“白髪なんて見られたくない”と必死の白髪染めだとどんどん自分が苦しくなっていっちゃう。でも“白髪は抜いちゃいけないのに抜いちゃうんだよね” “白髪のなかにはまっすぐじゃなくてチリチリのもの、ない?”って笑いにしてしまえば僕も周りも楽しくなる。そうやって現実を楽しんでいくことで、夢とか目標がさらに膨らんでくる。人への妬みや嫉妬もなくなるんですよね。心は強く、繊細に。そのバランスが大事だと思います。
──今作『switch』をひっさげてのツアーがますます楽しみになってきました。
人生の分岐点を掲げて作った作品なので、歌い手・米倉 利紀がどんな分岐点を通過してきたのかというところで、代表曲とされる曲たちをメドレー仕立てにしたり、久々に歌う曲もたくさんあります。昨年末のカバーツアーとは違ってダンサーも2人いたり、バンドのメンバーも一新。みんな20~30代で、僕一人40代(笑)。若い人といると活性化されるので、そのエネルギ−を循環できたらいいなと思ってます。
明日3/12(土)はインタビュー後編をお届けします。お楽しみに!