安藤裕子、明日を生きる力と幸福感が満ち溢れたデビュー20周年ワンマン

ライブレポート | 2023.07.25 17:00

安藤裕子 -20th anniversary- 我々色ノ街
2023年7月9日(日)LINE CUBE SHIBUYA (渋谷公会堂)

デビュー20周年を迎えた安藤裕子のワンマンライブ「安藤裕子 -20th anniversary- 我々色ノ街」が、自身のデビュー記念日でもある7月9日(日)に東京・LINE CUBE SHIBUYAにて開催された。

ステージ上には一本の大きな木が鎮座していた。これは、10枚目のアルバム『Barometz』(2020年)の題名の由来となった伝説の“羊のなる木”だろうか。葉は青々と生い茂っており、岩で覆われた根本には幹と一体化した蓄音器のスピーカーのようなものが見える。その背景には、木の蔓のような、煙のような、なんとも形容し難い立体的な布のオブジェが広がっていた。これは、11枚目のアルバム『Kongtong Recordings』(2021年)の“混沌”を表しているのかもしれない。そんなことを想像しながら開演を待っていると、突然、「THE MOON AND THE SUN」のアコースティック音源が流れ始めた。2008年初夏の「Encyclopedia.」ツアーファイナルで未完成の新曲として演奏し(場所は同じく渋谷C.C,Lemonホール※現:LINE CUBE SHIBUYA)、10年後の「15周年LIVE〜長くなるでしょうからお夕食はお早めに〜」で未発表曲の新曲としてアコースティクギターでサプライズ披露した、ライブDVDにしか収録されてない楽曲だ。のちのMCで、6月に行われた20周年ライブの“前夜祭”「我々ノ前夜祭」で“お客様参加型レコーディング”として録音された音源であることが判明したが、まだ明るい場内で聞く<ラララ>の大合唱は、やがて訪れるクライマックスを想起させる未来の確かな夢のような感動的な響きがあった。

やがて、ゆっくりと場内の明かりが落ちていき、バンドメンバーに続いて、安藤裕子がステージに上がった。マイクを手にし、メンバーと向き合って、息を合わせて歌い始めた。賛美歌のような祈りのこもった歌声に、観客は早くもクラップを鳴らした。オープニングナンバーは、10thシングル「輝かしき日々」であった。「のうぜんかつら(リプライズ)」のモチーフにもなっている最愛の祖母との別れや自身の出産、そして東日本大震災を経て制作された6枚目のアルバム『勘違い』(2012年)に収録されていた楽曲で、3年にも及んだコロナ禍によって混乱した世の中になった2023年の今と重なるものがあったのだろう。彼女は明るくポジティブなエネルギーを笑顔で放出し、3枚目のアルバム『shabon songs』(2007年)収録の5thシングル「TEXAS」では観客一人一人に向けて手を繋ぐように心の矢印を向けて<さぁ 笑おう>と歌いかけた。

最初のMCでは「20年経っても喋るのはあんまりうまくできなさそうなんですけど……」と、さっきまでとは打って変わった小声で断りながら、「自分のやってきた“通り道”を皆さんにお送りしようかなと思います」と挨拶。2ndミニアルバム『and do,record.』(2004年1月)収録の「ドラマチックレコード」ではピアノとチェロの調べに揺蕩い、『Kongtong Recordings』からの「All the little things」「UtU」では、バンドメンバーのコーラスが時に会話劇のように、時に主人公を鼓舞するように加わり、グルーヴィーでミュージカル的なブギーファンクへとカオティックへと展開。2ndアルバム『Merry Andrew』(2006年1月)収録の4thシングル「さみしがり屋の言葉たち」は情景描写の優れた歌詞とグッドメロディによって雨の街を表現。微かに揺れながら歌う安藤の歌は心地よく、曖昧模糊とした情感が確かなリアリティを湛えて胸にじんわりと沁みてきた。

「なんせね、20年の時間を辿ろうと思ったら、削っても削っても表題曲みたいな曲がいっぱいあって。この曲は気に入ってたから入れたいなと思っていたB面の曲を入れてしまったら、今夜はみんなを帰せないことになってしまうから。削って、削って、たくさん削っても、みなさん、お尻が痛くなると思います」と語っていた通り、全23曲で3時間に及ぶライブとなったが、12枚のアルバムの中から必ず各1曲は選曲するように考えていたそうだ。しかし、最終的には、15周年ライブで「聖者の行進」とともにファンからのリクエスト1位だった「さよならと君、ハローと僕」やバラードの名曲「海原の月」などが収録された4thアルバム『chronicle』(2008年)や7thアルバム『グッド・バイ』(2013年)、8thアルバム『あなたが寝てる間に』(2015年)、9thアルバム『頂き物』(2016年)からの楽曲は歌われなかった。その代わりに、最新アルバム『Kongtong Recordings』と前作『Barometz』からは5曲と多めの選曲となったが、目から入る情報としては、洗練されたサウンドによる良質のポップミュージックを目指していたエイベックス時代の楽曲は姿勢を正して歌い始め、次第に前後に揺れていくのだが、小休止を経て、自分の音を探す旅に出た2018年以降の楽曲はイントロから躍動しており、常に身体を動かしながらパフォーマンスしていた。これは印象に過ぎないが、前者は他者から受け取った音を自分の中で昇華してから出す行程があり、後者はすでに自分の中で鳴ってる音をそのまま出しているような違いを感じた。

歌詞世界においても、前者は根底に生と死というテーマが流れた“私小説”であり、後者は変わり映えしない毎日で夢を見させてくれるロマンチックな物語を描く“脚本家”という違いがあるように思う。「等身大のいち女性としての心の叫びを歌った」と説明した「Tommy」や、<キス>や<愛してる>と歌う「箱庭」(ともに『Barometz』から)は煌めく光を感じるドラマチックな恋愛ストーリーであり、「勘違い」(6thアルバムの表題曲)や「The Still Steel Down」(5thアルバム収録の6枚目のシングル)には影や暗さがあり、内省的な傷や痛みが描かれていた。

そして、ライブの中盤には、2003年のデビューから2016年までの彼女の活動を編曲家として、ライブのバンマスとして支えた鍵盤奏者の山本隆二がサプライズゲストとして招かれ、代表曲の1つである「のうぜんかつら(リプライズ)」と3rdアルバム『Middle Tempo Magic』(2004年)収録の「忘れものの森」を二人だけで演奏。二人三脚で歩んできた道を描いた絵本をめくっているような、映画の1シーンのような風景を見せた後、バンドメンバーが戻り、7人編成で1stミニアルバム『サリー』(2003年)収録の「summer」へ。ミニマムからバンドアンサンブルへという流れに身を任せていたら、「唄い前夜」(3rdアルバム収録)と「隣人に光が差すとき」(1stアルバム収録)では、身体全体を使って音を発しているような歌声に圧倒され、「全てを閉じて、新しく歩き始めた頃の作った曲です。レクイエムであり、これからの歌であり、人を送り出して、自分の門出として、また歩き出すという曲です」と語った「歩く」(5thアルバム『JAPANESE POP』収録/2010)では夜が静かに明けていくように、ゆっくりと心を内側から温められたような思いがした。

21年目の第一歩を踏み出す柔らかな決意を感じる歌声を届けた後、2008年のアコースティックツアーの際に「みなさんにありがとうを伝える曲として作った」という「THE MOON AND THE SUN」では、観客に向けて「歌ったらいいじゃない!」と呼びかけると、サビでは<ラララ>の大合唱が巻き起こり、安藤はハーモニーを重ねた。そして、2017年ごろからライブでは歌っているが音源には未収録の「金魚鉢」で会場の熱気を上げると、「私も長く生きました。20年、お付き合いいただきありがとうございました」と感謝の気持ちを伝え、「時代もたくさん変わりましたし、やるせないことも増えましたし、それでも抱きしめ合う人がいたら、最後まで無事に生きていけるんじゃないですか。やるせない日々を無事に生き抜いてください」とメッセージを投げかけ、男性が主人公のアンニュイなセンチメンタル失恋ソング「僕を打つ雨」とアニメ「進撃の巨人」のエンディングテーマで世界の終わりを描いたロックオペラのように劇的な「衝撃」(ともに11 thアルバム収録)で静と動、光と影のコントラストをダイナミックに表現。ライブの最後に歌われたのは「歩く」と同じく5thアルバム『JAPANESE POP』に収録された「問うてる」。観客が一体となって大きな手拍子を鳴り響かせる中で優しく力強い歌声を放つと、場内からは再び<ラララ>のシンガロングが沸き起こり、明日を生きる力と幸福感が満ち満ちた中で本編の幕は閉じられた。

アンコールで始まりの歌である「サリー」「聖者の行進」を高らかに歌い上げた彼女は、今、現在地にしっかりと足をつけており、真っ直ぐにひたむきに自分の心を向き合って音を紡いできたことで見つけた、自分の音楽に対する自信や楽しさが見えた。そして、この日は、10月下旬からアコースティックツアー「アナタ色ノ街」の第2弾の開催に加え、10月11日(水)にニューアルバム『脳内魔法』のリリースを発表した。立ち止まらず、すでに明日へと向けて歩み始めている彼女は12枚目のアルバムでどんな物語を聞かせてくれるのか。もしかしたらそれは、ポップでロマンチックなラブストーリー集になるかもしれない。彼女の頭の中に広がる夢のような世界の到着が今から楽しみでならない。

SET LIST

01.輝かしき日々
02.TEXAS
03.ドラマチックレコード
04.All the little things
05.UtU
06.さみしがり屋の言葉達
07.Tommy
08.The Still Steel Down
09.勘違い
10.箱庭
11.のうぜんかつら(リプライズ)
12.忘れものの森
13.summer
14.唄い前夜
15.隣人に光が差すとき
16.歩く
17.THE MOON AND THE SUN
18.金魚鉢(新曲)
19.僕を打つ雨
20.衝撃
21.問うてる

ENCORE
01.サリー
02.聖者の行進

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