ROTTENGRAFFTYのN∀OKI・NOBUYAが語る、ふるさとの思い出

スペシャル | 2018.06.19 18:00

編集部:N∀OKIさん、NOBUYAさん、お二人のふるさとの思い出を教えてください!
N∀OKI(Vo.)僕ら、今でも京都じゃないですか。僕は生まれたのは、西院という街で。いちばん交通の便がよく……阪急、京福の駅があって市バスも停まり、京都駅までも、河原町までもタクシーでワンメーターで行ける。
京都は好きですね。歴史が深いのはあたりまえなんですけど、ちゃんと裏と表があって。メジャーな清水寺や金閣寺もあるけど、ちょっとアンダーグラウンドやけど実はこっちがほんまちゃうん?みたいな仏閣や神社もいっぱいあって。小さい頃はよく親に連れて行かれて、なんの事が全くわからなかったんですけど、この歳になると、そういうところの空気感が好きで。行くとインスピレーションでなんか浮かんだりするんで、気がついたらめちゃめちゃ行ってますね。で、「ああ、こういう場所やったんや、京都すげえな、飽きひんな」って。「他の地方住めへんわ、俺」と思うぐらい。
大阪にも4 年ぐらい住んでたんですけど、やっぱり京都がよくて、戻ってきて。あの、地方から大学とかで京都に来られる人いるじゃないですか。そのまま居座ってしまう人も多いですけど、それすごいわかるんですよね。これまでツアーでさんざん全国回って来たけど、京都みたいな街はないっすね。誇りに思ってます。京都に生まれてよかったですよ。
NOBUYA(Vo.)僕は、京都の長岡京市が出身で。京都市内とは全然違いますね。長岡京市は田舎なんで、もうヤンキーしかいなくて。地元の奴らとやんちゃしてんのがいちばん楽しかった、その延長線上でバンドを始めた、みたいな。典型的な田舎者あるあるというか。暴走族やるか、バンドやるか、みたいな感じですね。でも暴走族はおカネにならへんしな、バンドならもしかして夢握れるんちゃうかな、と思って、僕はバンドを選択したんですけど。
高校生ぐらいになって、ライブ観に行こうってなると、京都市内まで行くんですよね。電車に乗って市内に出て行くのも、ヤンキー全盛の時代やから、出て行ったら絶対からまれたりとか。ライブハウス行くのも怖かったし。
あと、最初は京都のライブハウスに行ってたんですけど、途中から大阪に行くようになったんですよ。そしたらもっと怖くて!でも、それがだんだん楽しくなって来て(笑)。怖いもの見たさで、「うわ、またあの人どつかれてる」とか「あ、また血飛沫や」とか、そういう危険なんがライブハウスや、っていう勉強をさせていただいたので。今のライブハウス・シーンってほんま平和やな、って。でも、あの時暴走族を選ばないで、バンドを選んでよかったなと思います(笑)。
編集部:学生時代を京都で過ごしたというライター・兵庫さんも加わって、かなりディープな京都トークが繰り広げられていました(笑)
N∀OKIさん、NOBUYAさん、ありがとうございました!

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  • 兵庫慎司

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    兵庫慎司

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