渋谷公会堂物語 〜渋公には伝説という魔物が棲んでいる〜 第3回 語り手:HOUND DOG 大友康平「自分たちのライブのスタイルを確立した場所」

コラム | 2018.03.15 18:00

1986年「SPRITS LIVE SPECIAL 5DAYS」前半2日間の先行予約DM(ディスクガレージ所蔵)

──“見やすいコヤだな”と思ったというお話がありましたが、演奏する側から見た渋谷公会堂というのはどういうホールですか。
やりにくいですよね。2階席の壁になってるとこに音が反射するんですよ。その感じがすごく気持ち悪くて…。でも5日くらいやると、お客さんの湿気がすごくて、そのおかげで音が吸収されるんですよ。それは、3デイズ、4デイズとやった人間でないとわからないですね。やってると、毎日音が変わっていくんですよ。それでも、ステージで聴くナカ音はそんなに良くなかったです。ただ、コヤの鳴りというのはスピーカーと同じで、スピーカーも新品だとそんなに良くないのが5年、6年と聴いてる間に良くなっていくでしょ。武道館も渋公もそれと同じで、だから客席で聴く音はどんどん良くなっていった気がしますね。
──HOUND DOGは、地方の市民会館、文化会館といった建物のステージ事情に最も詳しいロック・バンドなんじゃないかと思うんですが(笑)、渋谷公会堂も場所が渋谷だというだけで、公立のホールのひとつですよね。その使い勝手や居心地はいかがでしたか。
渋谷公会堂の2階の楽屋には流し台があって、畳が敷いてあって、けっこう広いんですよ。その部屋をだいたい僕が使ってたんですけど、いかにも楽屋って感じじゃないから、誰かの家に来たみたいな感じで(笑)、居心地の良さはありましたよ。昭和の香りがプンプンしてて。それに、その部屋を一歩出ると、舞台袖の上になるんです。カーテンを開けるともう客席が見えるっていう構造だったから、客席のざわめきが直に聞こえてくるんです。すごくいいですよね。だから、ステージのナカ音が作りにくかったということはあったけど、でも大好きなコヤですよ。立地条件もいいし、昭和の香りがする楽屋と、すぐに客席の様子がわかるっていうこと。毎回ワクワクしてました。それに、渋公はさっきも言った通り、「ff(フォルティシモ)」がヒットして最初にライブをやったところだから、それまでロックンロールとバラードの2本柱でやってきたHOUND DOGが、メッセージ・ソングというもうひとつの柱を加えて自分たちのライブのスタイルを確立した場所でもあるんですよね。

1985年「“SPRITS LIVE” TOUR」渋谷公会堂5DAYS / 大阪フェスティバルホール2Days告知DM(ディスクガレージ所蔵)

──ちなみに、その85年の5デイズの最終日の公演では、アンコールに3回応えた後もお客さんのアンコールの声が止まなくて、お客さんだけで「ff(フォルティシモ)」を2回大合唱したという記事がネットにあるんですが、その最終公演でアンコールにも応えた後、鳴り止まないアンコールの声をどんなふうに聴いていたかとか、何か憶えていることはありますか。
最終日は、涙も汗も出ないくらい疲れてました。ちなみに、その翌日は知り合いの結婚式で、当然のことながら1曲歌ったんですが、まったく声がでなくて、「あの人、本当にプロなの?」みたいなヒソヒソ話が聞こえてきたっていうことがありましたけど(笑)。で、あの「ff(フォルティシモ)」がヒットしたときのツアーは全国どこでもアンコールが止まなくて、だから渋公の最終日にお客さんだけで「ff(フォルティシモ)」を2回歌ったというのも、じつはそれほど珍しいことではなかったんです。お客さんたち自身の興奮がなかなか冷めないから、自分たちでクールダウンしてくれたということなのかもしれないし、メンバーに声を届けようと思って歌ったのではないような気がします。ただ、「ff(フォルティシモ)」のヒットが、お客さんにとってもすごくうれしいことだったから、そういうことにもなったんだろうなと思います。
──最後に、新しくできる渋谷公会堂に対する希望、期待することは何かありますか。
正直に言って、旧渋谷公会堂のイメージ、それに思い入れが強過ぎるので、新しくできると言われても、今はどうもピンとこないですね。絶対、違うコヤだと思うし。
──やっぱり新しいホールとして、1から付き合っていくということになりますか。
そうだと思います。ともに歩んでいくなかで、また新しい歴史ができていくんだと思います。

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